第C&ⅩⅩⅨ話:パンダは・・・笑う?
「おーい、"リンリン"客だぞ~。」
ずかずかと勝手に屋敷に入り込み、だだっ広い通路を迷う事なく、キルシェはとある一室の扉を開け放った。
「キルシェ、その呼び方はヤメろ。私はパンダか!それと毎回言っているけれど、部屋に入る時はノックを・・・?!」
「を?あ、オマエに客。」
毎回言っているであろうお決まりの言葉をピタリと止め、小さいキルシェの頭の上を見る鈴村。
「ま、征樹様?!どうして?!私に会いにわざわざ来て下さったのですか?!」
一切の動作を強制終了させ、疾風の如く、間にいるキルシェを完全無視で征樹に駆け寄った鈴村は、彼の手を取りぎゅうっと握る。
「あー、リンリン、一つ言いたいのだが?リンリン?」
「何だ、五月蝿い。それとリンリン呼ぶな。」
「ふむ。それはどうでもいいとしてだな。一応、大人として、教師として忠告するが、それはどうかと思うぞ?」
スーツのズボンに、純白のスポーツブラ。
それが今の鈴村の格好だった。
「やはり、征樹も健全な"性少年"なわけだからな。」
傍からでは全く解らないなような含みを持たせて、キルシェはニヤリと笑う。
「大丈夫。この下にはちゃんとサラシを巻いてあります。」
(そういう・・・問題じゃなくて・・・。)
征樹としては、鈴村が性別:女性だとは全く思わなかった自分に愕然としていた。
(思い込みや先入観は良くないって、久し振りに再認識したよ・・・。)
「そういう問題で済むならいいがな、征樹は困っているように見えるぞ?}
少々、意地の悪い笑みと、楽しみに溢れた表情で事の成り行きを見ているキルシェ。
「確かに。これはお見苦しいところをお見せしましたね。」
何事もなかったかのように鈴村は征樹の見ている前で、Yシャツにネクタイ、そしてベスト・上着を着込んでゆく。
「なぁ?こんなので友達が出来ると思うか?」
平然としたままの鈴村の姿を見て、呆れ果てているようにキルシェは征樹に問う。
「さぁ・・・。」
どう答えろというんだと、征樹もキルシェを見る。
「だな。リンリンもオマエと同じで人の目を気にせんからなぁ・・・。自分を貫くという意味では悪くはないのだが・・・。」
征樹の非難の目を華麗にスルーして、着替えを終えた鈴村を眺める。
「キルシェ、まだいたの?」
「あのなぁ、リンリン?その好き嫌いで、対応と扱いを露骨に変えるというのは、些か問題があると思うのだが?」
「誰でもそういう一面はあると思いますよ?」
それが極端なのだという事をキルシェは指摘したつもりであったのだが、通じていないのか或いは聞く耳を持たないのか、全く意に介したようには見えない。
「そうだな・・・だが・・・。」
テクテクと鈴村に歩み寄り、ちょいちょいと指で彼女を引き寄せようとする。
「なんです?」
「いいから耳を貸せ。」
「?」
他人が見ている前で内緒話というのもどうかと思いながら、鈴村はキルシェに耳を貸す。
「・・・。」
「・・・な?」
彼女達の会話は征樹には聞き取れなかった。
征樹自身、人の内緒話に聞き耳をたてようとも思わなかったからだ。
だが、心無しか鈴村がじっと自分を見ているような・・・。
「ふむ。征樹、オマエも耳を貸せ。」
「はい?」
今度は征樹の番らしい。
拒否する必要性は特になかったので、鈴村と同じようにキルシェの身長に合わせて、軽く屈んで耳を貸す。
「はぁ・・・。それに何の意味が?」
「いいから、ちょっと試してみろ。そして、面白かったら後で報告してくれると尚良し。」
「キルシェ、征樹様に変な事を吹き込まないように。」
「憶測でモノを言うのは良くないぞ、リンリン。」
「だから!」
「んでは、ごゆっくり~。」
言いたい事だけを、言いたいだけ述べてキルシェは二人を部屋に置いて出る。
「これはこれで・・・アリか。」
扉を閉じ、背後でこれから起こるだろう出来事を想像して、キルシェは一人、例のアルカイックスマイルを浮かべながら呟いた。