第C&ⅩⅩⅦ話:何が傷を癒すのか?
「で?どうしたのよ、そのほっぺた。」
「え?あ・・・うん。」
翌日出会った杏奈の第一声はこうだった。
何と考えたらいいものか解らず、征樹は自分の頬に貼られた絆創膏の上から手を押さえる。
当然といえば、当然過ぎる杏奈の質問だ。
「ま、どーせ、征樹のコトだからぁ?ロクでもないコトなんだろーケド。」
意外と杏奈も言うものである。
当たらずも遠からずと言ったところだろうか。
しかし、征樹にとっては、怪我の痛みよりもその反対、静流に張られた側の頬の方が痛かった。
『お願い。もうこんな事はしないで・・・お願い・・・。』
自分を抱き締め、泣きながらそう言った静流の表情。
物理的に与えられた痛みより、そちらの意味で痛かった。
「そうだね・・・ロクでもないや・・・。」
迷惑をかけない為にやっていた行動が、逆に心配をかけてしまった事実は、我ながら情けないと征樹は思う。
「大丈夫?」
俯きながら、やや自嘲気味に呟く征樹を心配そうに見つめながら、杏奈は彼の頬に優しく手をあてる。
「傷、痛むの?」
「いや、大丈夫。」
更に杏奈にまで心配をかけてはいけないと、自分の頬に触れている彼女の手を掴んで微笑む征樹。
(う゛ぅ・・・こ、この顔が曲者なんだからっ。)
どうしても言いよどむ、強く出られなくなってしまう杏奈は、一人たじろぐ。
「はぁ・・・これが惚れた者の弱みなのよねぇ・・・。」
「ん?何か言った?」
全面降伏でも揚げる気分で吐き出した言葉を聞かれたら、恥ずかしくて死ねる。
「あぁっ?!な、な、何をやってるの?!」
「ん?」
「は?」
征樹と杏奈が気の抜けた声で振り向くと、ぎゅいーんと高速で奏が二人の前に歩み出て来る。
「ふっ、ふっ、二人でそんな至近距離でっ?!」
至近距離の二人。
征樹の頬に手をあてる杏奈、その手を上からしっかりと包む征樹の手。
顔を赤らめ硬直する杏奈は、まるで今すぐにでも少女漫画の主人公かヒロインになれる構図と言えば泣くも無い。
「あぁ、ちょっと怪我の事で・・・。」 「怪我?!」
先に返事を返したのは征樹だ。
「そ、そう、征樹の怪我の話をね。」
「うん。」
杏奈の同意を求める声に返事をしながら、征樹は自分の頬に触れていた手を引き剥がした。
「どうしたんですかっ?!」
事態を終息させようとした二人の言動は、逆に更なる混乱という、より火に油を注ぐ結果となっただけだった。
「あ、うん、ちょっと切っちゃって・・・。」
「切った?!顔を?!」
釈明しようとするが、悪化している気もする。
「傷は残らないって、お医者さん言ってたし・・・。」
「そうなの・・・良かった。でも!葵くんの綺麗なお顔が・・・。」
奏のショックもなかなかのものだった。
(綺麗なお顔か・・・。)
当然、自分では微塵も思わない事だった。
第一、征樹にとってこれくらいの傷など、怪我の部類には入らない。
これでも男の子なのである。
ただ、奏の言葉は征樹に鈴村を彷彿とさせた。
(あの人にも迷惑かけちゃったし・・・助けてもらったし・・・。)
一度お礼に出向いた方がいいかも知れないと思考が流れる。
「葵くん?」
「奏先輩、ありがとう。」
心配してくれた事と、鈴村へのお礼を気づかせてくれた事。
その両方の意味で、征樹は先程の杏奈に対して向けたのと同じように微笑む。
「え、あ、うん・・・当然・・・です。」
いつもの尻すぼみな言葉尻と共に顔を赤らめて俯く。
これも杏奈が思わずこぼしたように、惚れた弱味というものであろうか。
「まったく。征樹は気をつけなきゃ。アタシだって、心配くらいはするんだぞー。」
なんとなく奏とのやり取りが気に食わなくて、思わず割って入る杏奈。
それ以上に同じように心配しているのに、自分にはお礼の言葉の一つもないのが悔しかったというのもある。
「ありがとう、杏奈。心配してくれて。」
だが、少々遅い。
同じ言葉でも、何故かついでのような感じがしてくるから不思議だ。
「うぅ・・・征樹のばかぁ・・・。」