第C&ⅩⅩⅥ話:さぁ、キャッチボールを始めよう。
ひなまちゅりー♪
あの事件。
あれから征樹は静流と二人で警察を後にし、二人にとって少々慣れ始めた"我が家"にタクシーで帰った。
タクシーの車中で、静流と征樹は手を繋いで・・・それは帰宅するまでの間、ずっとだった。
そこには不安や恐怖の残滓があったのかも知れない。
或いは、愛情や甘えだったのかも。
ただ事実としてあるのは、二人がそうしている事を望んだという事だ。
「ただいま。」
こちらも大分言い慣れたフレーズだ。
「おかえりなさい。」
二人を柔和な笑みと優しい声で迎えたのは、琴音だった。
「琴姉ぇ・・・。」
彼女を前にして、どう説明したら良いのか、そもそもまずなんと第一声を上げればいいのか解らない。
困り果てて眉間に皺を寄せたまま、泣きそうな表情をする征樹に対して、琴音は何も言わずにゆっくりと両手を広げる。
丁度、人が一人分入れるだけのスペース。
そこに何が入り、それが何を意味するかなど、誰の目にも明らかだった。
彼女の腕の中に、征樹が飛び込む。
「・・・ごめんなさい。」
「いいのよ。私の方が逆に征樹ちゃんに迷惑かけちゃったわね。」
征樹を包み込んで、琴音は彼の頭を優しく撫でる。
静流とはまた違った柔らかさと温もり。
キルシェが征樹に言った、伝達手段も形も違う愛情という名の温もりとは、こういう事なのだろうかと征樹は漠然と考える。
「私は大丈夫よ?」
一撫で一撫でに想いを籠めて。
(良かった・・・。)
二人の光景を眺めながら、静流は素直にそう思っていた。
今回は何処にも何時ものような劣等感や嫉妬の類いは無い。
自分も既にこれと同じような事をしてきたからだというのもある。
しかも、衆人環視のもとで。
大の大人が泣きじゃくりながらだ。
(ちょっと、アレは恥ずかしかったわね。)
全くだ。
「もう大丈夫だから・・・これからずぅっと征樹ちゃんが"望むだけ"ずぅっと一緒にいるから。」
(え゛?)
それとこれとは話が違う。
それは聞き捨てなら無い言葉だ。
「琴音さん・・・?」
「私は征樹ちゃんの"お姉ちゃんですからね~。ちゃんと掴まえててね?お姉ちゃんを放したら、めーっ、よ?」
うふふふ~っと笑う顔に"してやったり"と書かれている。
少なくとも静流にだけはそう見えた。
取り様によっては、いや、どう考えても、これはどさくさ紛れの"告白"にしか聞こえないではないか!
何だ、この茶番は?!と思わず声を上げそうになる。
「琴姉ぇ?」
自分の頭の上から聞こえる声に、微妙な差異を感じて顔を上げる征樹。
「なんでもないですよ~?あぁ、折角だから、今日は姉弟仲良くお風呂にでも入ろうかしらぁ。お姉ちゃんが背中流してあげますよ~。」
チラリ。
これ見よがしに静流を見る。
今度は静流の思い込みでも、勘違いでもない。
「なっ?!」
「いや、それは・・・。」
「旅行の時も入ったのだから、今更照れなくても、ね?」
ね?ではない。
これには静流どころか、征樹も困った。
これもキルシェが言っていた、愛情の伝達手段の一つなのだろうか?
だとしたら、拒否しづらい。
そんな思考が征樹の脳裏にぐるぐると渦巻く。
実際のところ、考えるまでもなく、それは違うと突っ込みたくなる話ではある。
だが、自分に向けられる愛情というモノがよく理解出来てない征樹に、その種類まで見分けろというのは酷な話だ。
これでも征樹にとっては真剣なのだ。
「琴音さん、それはちょっと・・・。」
教育によろしくない。
とりあえずはそういう建前で、静流は琴音の暴走(?)を阻止しようと試みる。
「ん~、じゃあ、三人で入りましょうか。」
「は?」 「え?」
また奇妙な方向に話がいったものである。
「三人で入れる広さはあるから、大丈夫♪」
そういう問題でもない。
寧ろ、それ以前の問題である。
「それも少し・・・。」
「静流さんも征樹ちゃんとお風呂、入った事あるんだから、今更よねぇ?」
「うっ・・・。」
痛い所を突かれてしまい反論出来ない。
ハプニングではあったが、事実である以上、言い返す事など出来るはずが無かった。
ただ、静流が征樹と一緒に入ったという証拠はどこにもないのだが、精神的な余裕のない今の静流は、それすらも気づかない。
「うふふふ。"今夜"は楽しくなりそうねぇ。」
(なんだ、コレ・・・。)
不穏な笑い声の中で、静流は固まったまま、征樹は少々"愛情"というもの扱いを持て余しつつ、色々な意味で事件の夜は更ける・・・。