第C&ⅩⅩⅢ話:前に進めずとも、とにかく退かなければいい。
誰にだって、長所や短所があるように、自分に対してコンプレックスのような嫌いな点はある。
ないという人間は、本当にパーフェクトなのか、自分でそれが見えてないのか、或いはただのナルシストなのだろう。
「姉サンと違って、自分はトテモ、バカで・・・アタマ、ヨクナイ・・・デス。」
「僕だって、そんな頭良い方じゃないし。」
特に地理と歴史が苦手だ。
別段、暗記が苦手というわけではなく、点数自体も悪いわけじゃないが、どうも苦手なのだ。
行った事もない地名を地図上でワケも解らず覚えさせたり、たいして内容をよく知らないのに年号と起こった出来事だけを覚えるのは、どうにもモチベーションが上がらない。
効率がどうしても落ちるのだ。
「マサキ・・・も?」
「誰でも得意・不得意はあるよね。大丈夫、1つずつ出来れば。」
それしか打開する方法がないというのが現状なのだが。
征樹はその言葉を自分自身に言い聞かせる。
征樹だって、自分が他人に説教出来る程ではないと自覚しているからだ。
「頑張りマス・・・。」
「うん。」
にっこりとニアに微笑むと、彼女は照れて頬を染める。
「さ、早く夕飯の買い物をしない・・・と・・・。」
征樹の声が微かに震える。
「マサキ?」
当然、その異変にすぐにニアも気づいた。
「ニア!離れて!」
どんっと、征樹はぶっきら棒にニアを突き飛ばす。
征樹の視線の先にいる人影。
それは既に征樹に向かって走り出していた。
(ダメだ!避けたらニアに・・・。)
その手に握られた光るモノを視界に入れ、すぐさまそう判断する。
ニアを背にして、一歩前へ。
(掌握しないと・・・。)
掌握とは合気道でいうところの、いつでも相手を制する状態に入れる体勢の事である。
振り下ろされるそれに手を伸ばす。
「くッ?!」
相手の腕をうまく取れず、捌く事しか出来なかった征樹の頬に熱い感触が走る。
ニアを背にして退くことが出来ない征樹が、次こそはと再び身構えた時。
「ぐあぁぁぁぁーッ!」
身構えた征樹の前で、相手が大声で悲鳴を上げていた。
「こんな所で、そんな物騒なモノを振り回して、何をしているのです?」
「す、鈴村さん?!」
「えぇ、またお会い出来ましたね。」
ハンサム(?)な笑みを浮かべて、鈴村が相手の腕・・・その男の腕を締め上げていたのだ。
「やっぱり・・・琴姉ぇの・・・。」
腕を極められ、地面にうつ伏せに倒されている男の顔を見て、征樹は悲しげに呟く。
「あぁ、この方が例の。」
鈴村も、経緯を知らされているのだろう。
一人で納得をする、と・・・。
「征樹さん、そのお顔・・・。」
男を押さえつけたまま、征樹の顔を見た鈴村が驚愕の表情で見つめる。
「え?あぁ、さっきので少し。」
先程の揉み合いで、征樹の頬はぱっくりと切れて血が垂れていた。
「あ゛あ゛ぁぁーッ!」
「ッ?!」
突然、男がわめきながら、暴れ始める。
しかし、その身体は鈴村が馬乗り状態になる事によって、身動きが出来ない。
「征樹さんのお顔に・・・よりによってお顔に傷をつけるなんて・・・。」
静かに、静かにだが、確固たる怒りの感情で以って、ギリギリと掴んだ腕を更に締め上げたのが原因だ。
「いや、あの、これくらい大丈夫だから・・・その・・・。」
どうにか鈴村を落ち着かせようと試みるのだが、一向に怒りが治まる気配がない。
「なんという・・・なんという事を・・・許せません・・・。」
「あぎぃぃーッ!」
もはやどちらが加害者なのか、解らなくなりそうな状況だ。
「ね?」
実際は鋭利な刃物で切られたことで、出血の量に対して、傷自体はそれほど酷くはない。
多少ジンジンと熱くて鈍い痛みはあるが。
しかし、結局、征樹の言葉は鈴村には届かず、男が失神するまで、この阿鼻叫喚は続いた・・・。
ある意味で、征樹にデラ甘なキャラでした、鈴村さん(苦笑)