第C&ⅩⅩⅠ話:tall→taller→tallest。
目の前に鯛のお頭つきが一匹、皿の上に乗せられて鎮座している。
お頭つきといっても、鯛焼きだ。
「どうした?食わんのか?熱いうちに食さんと美味しくないぞ?」
既に茶菓子も食べた後の鯛焼き。
少々、糖分の過剰摂取のような気もすると、征樹は悩むが好意を反古にするわけにはいかない。
「鯛焼き・・・頭カラ?尻尾カラ?悩ム・・・。」
キルシェの横顔で呟くニアの言葉に、真面目に悩んでいた征樹は苦笑する。
「半分に割って食べると、火傷とかしなくて済むよ?」
彼女の呟きに応えて、征樹は自分の目の前にある鯛焼きを割って見せる。
2つに割れた生地の中から立ち上る湯気、お腹の中はベタというか、基本通りのつぶ餡だった。
「ん・・・。」
征樹の様子をじぃっと見ていたニアも彼にならって、同じように割って食べ始める。
ちなみに彼女の鯛焼きの中身はクリームだった。
それを黙々と齧って・・・。
「すまんな。妹のニアは解る通り、少々・・・いや、かなり日本の常識に疎くてな。そのうえ日本語も達者ではない。」
鯛焼きを横のまま人差し指に乗せ、やじろべえのようにバランスを取るキルシェ。
「逆に私は日本語一辺倒。それでさっさと日本に逃げるように来てしまった・・・この子を置いてな。」
鯛焼きの重心を求める作業をやめ、ようやく鯛焼きを口にするキルシェ。
その表情が複雑そうに見えるのは、征樹の気のせいだったのだろうか。
「んぐっ。水に合うという言葉が日本にはあるであろう?それが姉妹で違ったのだな。それなのにこの馬鹿は、私を追いかけてこっちまで来てしまいおって・・・。」
横で鯛焼きに齧り付いているニアを呆れた眼差しで見ている。
「昔は日本語しか喋れずに私が"醜いアヒルの子"だったのに、今じゃそれも逆転だ。お陰で学校も大変で・・・。」
ニアのちょっとズレた感性と言葉遣いは、征樹も実際に体験してみて理解しているつもりではある。
あの感じからすると、確かにコミュニケーションを取るのには、多少の労力を要するだろう。
「ニアさんは日本の?」
征樹はそうキルシェに問う。
よく聞く外国人学校ではなく、日本人の学校に通っているのか?という意味である。
「あぁ、そうだ。この妹だって、半分は日本人の血が通っておってな。それに本人の意思でもある。という事で毎度毎度、色々な買い物に行かせて早く慣れるように訓練させておるんだが・・・。」
(それで今回は、この鯛焼き・・・。)
一体、今回はなにをやらかしたのだろう?
そう征樹は思う。
彼の中ではそういうイメージで統一されてしまっているのだから、酷いモノである。
(・・・本当の鯛焼きを探してたり・・・とか?)
全く以って酷い話だ。
どうやら以前の出来事が相当のインパクトがあったらしい。
「でも、国語とか大変そう・・・高校って、漢文とか古典もあって難しくなるし・・・。」
現代国語ですら、このレベルなのだ。
これに古典、更には漢文までとなると、苦労するだろう。
それは目に見えている。
(そういえば、キルシェも時折、喋り方が古臭いのも関係あるのかな?)
「オマエ・・・何を言っておる?ニアはまだ"13才"だぞ?教育は中等教育、学年で言えば中1だ。」
「は?」
先入観というものは恐ろしい。
最近の征樹にも色々とあって、解っているつもりだった。
ただ現状をみるに、それはただの"つもり"であったらしい。
しかし、目の前で指についたクリームを舐めているニアは、立ち上がると征樹より大分背丈が高い。
征樹自身があまり身長が高い方ではないが、それでもその差は結構ある。
「・・・13・・・サイ。」
唖然として見つめる征樹に対して、ニアはVサインを作って見せる。
何に対してのVサインなのかは良く解らないが。
「僕より・・・年下・・・なんだ。」
口に出して、音によって征樹はなんとか自分を納得させようとする。
考え方によっては、外国人的な遺伝で、元々背が高い家系という説もある。
とはいえ、キルシェはニアと逆に平均よりかなり小さい。
中身だけでなく、外見も全く逆な姉妹である。