第C&ⅩⅨ:愛の才能。
「以前にも話したが・・・。」
3杯目になる茶を注いで、キルシェは再び口を開く。
「オマエは不器用で、クソ真面目で優しい奴だ。それはオマエの幼少期に原因があるようだな。」
キルシェは征樹の話を聞いて、そう結論づける。
勿論、それは当てずっぽうではなく、きちんと考えた結果だ。
「そのせいで、オマエは誰かを傷つけるのを極端に嫌がるし、人に好かれるという事自体が良く解らない。」
コクリと頷く征樹。
静流が家に来た時も、琴音が話を聞いてくれた時も、杏奈が家出した時も。
そして、奏が告白した時も。
-何故?-
それが一番最初に征樹の顔に浮かんだ言葉だった。
「自分が誰かに真剣に愛された事がないのでは、どう反応したらいいか、戸惑うのは当然だ。だから不思議で仕方がない。違うか?」
「多分・・・そうだと・・・思う。」
「でも、オマエの周りの人間達は、オマエに良くしてくれる者達で、そういう人間達に自分も出来る限りの事はしたいと思っている。」
「うん・・・何が出来るか解らないけど・・・。」
実際、未だに何で自分の傍にいてくれるのだろうと考える事が多々ある。
「悪い事ではない。寧ろ、良い方向だ。その問いに答えるとしたら、"オマエがオマエだから"という事なのだが・・・。」
「僕が・・・?」
まるで霧の中に突然、放り込まれたような不明瞭さ。
「全く・・・仕方ないのない奴だな。ちょっと目を閉じておれ。」
「え?」
「いいから!」
「は、はい・・・。」
今までの言葉の一つ一つに説得力があっただけに、キルシェの言葉に逆らえず、慌てて瞼を閉じる征樹。
「はぁ・・・何故、このような事になるのか・・・。」
暗闇になった視界の中で、キルシェの声が耳に入る。
「どうだ?温かいか?」
何かが自分を包む感覚。
規則正しく聞こえてくるリズム。
(心臓の・・・音?)
「ちゃんと答えぬか。」
「温かい・・・です。」
ほんのりとだが、確かに温かかった。
「いいか?これが人の温もりだ。人は誰しも温かいんだ。」
優しく幼子に言い聞かせるようなキルシェの声。
「オマエの周りにいる人間達も、これと同じ温かさを直接ではないにしろ、オマエに向けている。では、オマエはどうしたい?」
どうしたい?
「僕は・・・。」
「建前はいらんぞ?オマエがどんな人間だとかいうのも関係ない。この温かさをどうしたい?」
「・・・。」
征樹の手が震える。
しかし、その震える手をどうしたらいいのか解らない。
「大丈夫だ。"征樹"、オマエは愛されるべき人間だ。もっと執着しろ。」
「執着?」
「そうだ。オマエに向けられているモノは皆、愛情だ。形も種類も伝達手段も違うがな。いいんだ、愛情に対しては執着して。いいんだ。」
頭の後ろをぎゅぅっと押される感触。
征樹はそれを感じる。
キルシェが押しているのは間違いない。
さっきよりも少しだけ心音が強く聞こえてくる。
「オマエは愛情をもらう事に、ほんの少しだけ慣れるべきだ。」
「・・・いいの、かな?」
「あぁ、少しくらいなら構わんさ。」
見えはしないが、きっとあの勝ち誇ったような笑みをキルシェは浮かべているのだろうと、征樹は想像した。
しかし、キルシェのあの笑顔は嫌いではないと・・・。
「姉サン、タダイマ。鯛焼き、買えたヨ。」
「え?」 「あ?」
まさかの・・・でも、ない展開(苦笑)