第C&ⅩⅦ話:赤の他人同士にある縁。
「そんな広くはない家だ、遠慮するな。」
自宅に征樹を招き入れたキルシェに対して、征樹は無言だった。
その無言をキルシェは遠慮ととったのだが、実際は違った。
(新種の・・・芸を見た気分・・・。)
原因はここに来るまでの過程、移動手段だ。
彼女の言う通り、国産の軽自動車が征樹を待っていた。
助手席のドアを開けて見える運転席には、幾つものクッション・座布団の類が積まれている。
そこからチラリと視線を更に下げると、運転席の位置も隣の助手席と比べ、大分前の位置へと調整されていた。
主に色々と足りないモノを補ったら、このような事態になったのだろう。
そこからの運転というのは、ある意味で珍妙な芸というわけだ。
(その割りに安全運転だったのは・・・不幸中の幸い?)
正確には、車で待ち合わせ場所に来たのだから、最初から何の問題もなかったのだ。
征樹の抱いた感想とイメージというのは、見当違いも甚だしい。
酷い濡れ衣だ。
「何をしておる?さっさと入って座れ。」
キルシェの自宅は、入ってすぐにキッチンと食事スペース、その先に扉が2つ。
どうやら部屋は2部屋あるらしい。
「あぁ、左の部屋だ。右は入るなよ?」
本当に女性の自宅、女性の部屋に入ってよいものかと、おずおずと上がる。
そして、左の部屋へ。
2つ折りにたためるベッド、紙の束、恐らく書類だろう物が積まれたスペース。
デスクトップのパソコン、そしてテーブル。
それだけしかない洋間だった。
女性の部屋にしては簡素で、硬質。
どちらかというと男性の部屋と言われても、納得してしまうだろう。
「茶は日本茶でよいな?何分、茶菓子が水羊羹なものでな。」
苦笑しながら、水出しの緑茶に氷を入れて、水羊羹と一緒に征樹の座った場所の目の前に置く。
「やはり、日本人なら、緑茶と和菓子だろう。」
うんうんと、一人納得するキルシェ。
そもそも彼女は日本人ではないのでは?と、征樹は心の中で突っ込みを入れる。
「とりあえず、一杯飲んで落ち着いてからだ。それから話を聞いてやろう。前にも述べたが、何でも構わんぞ。今日はオマエの為の時間だ。」
自分の為の時間、そのフレーズがなんだか、妙に征樹の心に響いた。
何から話そう?
そう思ったが、彼女の言う通り、まずはお茶だ。
一口啜ると、ほろ苦い中にも少し甘みのある味が、征樹の喉を潤す。
水羊羹も口に入れてみるが、こちらは甘さ控えめで、2つを味わうと緊張感も解れていくようだった。
「美味しい・・・。」
「そうか、そうか。」
素直な征樹の感想にキルシェも満足気だ。
「あの・・・。」
「?」
そもそも、何から話そうかと考えていた自分が間違っているのではないだろうか?と征樹は思う。
キルシェは今、自分の為だけに時間を割いてくれている。
ならば、洗いざらい言ってしまえばいいのではないだろうか?
「・・・"何を言っても構わん"ぞ?」
征樹の心の中を見透かしたように、キルシェが更に征樹を後押しする。
「これでもオマエの人生よりは、多少だが長く生きている。そこそこのアドバイスが出来るだろうよ。まぁ、出来なくとも・・・ふむ、その時は一緒に悩んでやるわ。」
相変わらずの尊大な態度だったが、そこには彼女の優しさを十二分に感じとれる。
赤の他人。
赤の他人同士だが、そこは互いに縁を感じた者同士。
彼女の言葉を借りれば、そういう事だ。
「えと・・・じゃあ・・・。」
少しずつ温もりが失われつつある目の前の湯呑みを両手で握り締めながら、征樹はぽつぽつと語り始める。
それは10年とちょい、決してそれ程長いと言えない、葵 征樹の人生を省みる、そんな行為。
ちなみに私の自室は、クローゼットと本棚を除くと8畳部屋となっております。(ダカラナニ?)