第C&Ⅸ話:煮詰めれば必ずいい味が出るとは限らない。
「・・・・・・夏だから?」
竜木の所での出来事、それだけではない今日一日の出来事にうんざりする征樹。
それは少々、持て余し気味というか、余りにもボリュームがあり過ぎた。
胃もたれ状態。
部屋のベッドに身体を投げ出すと、自分で思っていた以上に疲労を感じる。
よく静流は解ったなと感心した。
「・・・どうすればいいんだろ・・・。」
状況の取捨選択。
琴音の件だが、これは琴音自身に被害がなければいいと思っている。
最悪、彼女を何処か安全な場所に・・・となると、自分と会う事も、もうなくなるだろう。
勿論、この家に来る事も。
「仕方ない・・・か。」
仕方ない。
そう思う事は今まで何度もあった。
だが、少し・・・大分、胸が痛い。
もっとも、穏便に事が解決すれば問題はない。
流石に、竜木が言ったような然るべき所に突き出す事はしたくはなかった。
次の鈴村との会話の件だが、どうせ受験まではまだ間がある。
急ぐ必要はない。
幸い、鈴村も竜木も同じ様な事を言ってくれたし、見学も自由に来ていいと、鈴村の連絡先も教えてもらえた。
「あ・・・携帯・・・。」
以前から、懸案していた事である。
今までは本当に無くても困らなかったが、最近、連絡する人間が増えてきた。
そろそろ必要なのかも知れないが・・・。
(確か未成年は、保護者の同意書が必要・・・。)
これでは、どうにも出来ない。
考えても無駄なので、お手上げだ。
その他には・・・。
「・・・宿題。」
ガバっと身を起こす。
急激に内容がスケールダウンしたが、これもある意味で征樹の長所といえる。
確かに急務には変わりない。
そのまま、すぐに机に向かう。
「征樹くん?」
「静流さん?」
今で冬子と話しているはずの静流の声が、部屋の扉の外から聞こえてくる。
「冬子さんは?」
「もう帰ったわ。そ、その征樹くん、今日はちょっと疲れているみたいだから、私がお夕飯作ろうと思って・・・。」
「あ、でも・・・。」
非常にありがいたい申し出なのだが、少々気が引ける。
これまでも何度も静流が作る事はあったが・・・その内容が問題で・・・。
(食べ慣れないんだよね、静流さんの料理って。)
別に静流の料理が不味いという事では決してない。
寧ろ、その逆だ。
だが・・・。
(異様にカタカナというか、横文字多いんだよね)
なんたらのなんとか風とか、なにがしのなんたら添えとか、征樹が聞いた事も食べ方も解らないものが並んで、とにかく混乱する。
今まで、純和風の食事が多かったせいか、味の好みもそっちに偏っている征樹にとっては、何とも慣れない。
ちなみに他の人が作る料理はというと、奏は征樹の好物ばかりが並んだりして、これも何というか偏っている。
そういう意味で、バランスが征樹にとって最もいいのは、杏奈の作る食事だったりするのだが、言うと絶対調子に乗るので、本人には言わないようにしていた。
静流にとっては、別に悪気があるわけでは当然なく、単に色んなモノが作れるところをアピールしたいだけなのだが、所謂逆効果というヤツだ。
「今日の夕飯は、征樹くんの食べたい物を作るわ。」
(あれ?)
今日は、ちょっと流れが違う事に征樹は首を傾げる。
「征樹くん?疲れたり、嫌な事があったり、機嫌が悪くなったりは誰にでもある事だわ。だから、これくらいはいいのよ?」
どうして静流は気づいたのだろうと、更に首を傾げる。
実際のところは、冬子からの情報だったりするのだが、静流は悔しいと思いながらも声をかけたのだ。
征樹にそう言わないのは、ひとえに女のプライドというモノだ。
元カノの方が、彼氏の事をよく理解しているのを突きつけられた気分に近いのかも知れない。
しかも、目の前で指摘されるという・・・。
「折角、一緒に住んでいるのだから、ね?言ってくれていいのよ?」
ちゃんと気づいてあげられなかったという罪悪感もある。
だから、今、自分が出来ることをしてあげたいのだ。
「えと・・・じゃあ・・・。」
扉越しに感じる、並々ならぬ静流の声に征樹は戸惑いながらも折れる。
「酢豚が食べたい・・・です。」
「パイナップルは?!カシューナッツは?!入れる?入れない?」
凄まじい勢いの切り替えし。
好き嫌いが分かれるところではあるが。
「・・・両方共ナシで。」
「解ったわ。」
「あ!あの、ありがとう・・・。」
「いいの。じゃ、出来たら呼ぶから、それまで休んでいて。」
意気揚々と去っていく静流に対して、溜め息をつき、征樹は"宿題を開始"した。