第C&Ⅷ話:貴方を見つめていられる時間。
「ただいま・・・。」
もうこの言葉が征樹の生活習慣になってから大分経つ。
最近は少し慣れてもきた。
「おかえりなさい。」 「おーっす。」
今日、帰宅した征樹を居間で迎えたのは、静流と冬子だった。
「あ、冬子さん、来てたのか・・ちょうどいいや。」
「?」
自分の荷物から小さな包みを取り出し、手渡す。
「お土産。」
「私にもあんの?じゃあ、ありがたく。」
「征樹くん?何か疲れてない?」
お土産を手渡している征樹を見ていた静流は、気になってつい割り込んで声をかけてしまった。
「そうかな・・・そうかも知れないです。」
「夏風邪?遊び過ぎたんじゃない?」
「確かに楽しかったから・・・。」
そう冬子に微笑む。
だが、静流は今ひとつ釈然としない。
「でも、そうかも・・・ちょっと部屋で休もうかな・・・。」
「あぁ、ちょいストップ!」
「?」
自室に引き上げようとする征樹を、冬子が呼び止める。
「先にちょっとだけ話しさせて。」
「何を?」
忙しい冬子が、わざわざ来るという事もそういえば珍しい。
「そのうち、多分、本人から報告があると思うけれど、琴音さんの離婚、成立したから。」
「それって、いつの事ですか?」
征樹は今日の事件を思い出す。
「3日くらい前かかな。」
「意外と早い方ですね。」
「まぁ、非の所在が明らかだったからね。」
「そうですか・・・わざわざありがとうございます。」
自分が忙しい冬子に無理矢理頼んだ事だ、征樹は深々と頭を下げる。
「いえいえ。」
「それで琴音さんは?」
すかさず静流が問う。
ここの所、この家は色んな人間が居座っていて、征樹と二人になる時間が大幅に減っている。
元々、多くない分、静流にとってそれは深刻だった。
これ以上、居座る人数・時間が増えるのは・・・。
ましてや、琴音なら、転がり込んで来る可能性もあり、征樹がそれを受け入れる可能性も高い。
「まだ荷物の整理をしている段階だわ。」
「あの、冬子さん?」
「なぁに?」
「もうちょっと待ってもらえるように伝えてくれませんか?」
これは自分の問題でもある。
征樹はそう考えている。
自分の所に来た以上、琴音に危険が及ぶことはないと思うが、念の為だ。
「2、3日なら大丈夫だと思うけれど?」
あとは自分に降りかかるかも知れない危険の方だが、これは何とかなる自身があった。
あの程度なら、習っていた合気道で対処出来る。
まさか、もう止めた今でも身体が反応するとは思わなかったが、これは幸いなので良しとする。
「じゃ、お願いします。」
言うだけ言うと、征樹は自室へと向かう。
静流の言う通り、少々疲れてはいた。
原因は例のちょっとした事件もあるが、竜木の所へ行ったせいが大半だ。
「それにしても、あなた最近、益々まーくんマニアになってるわね。」
征樹が去った後、開口一番は冬子のコレだった。
「マニアって・・・。」
表現に悪意を感じそうな響きである。
「まーくんの疲労の状態を見抜けるなんて、他には瀬戸さんくらいなもんよ。」
(琴音さんも・・・出来そうよね。)
単に冬子が知らないだけで、実際彼女の洞察力は、自分以上である。
だからこそ、余計に不安になる事もあって・・・。
「一緒に住んでいる賜物かな。ついでに言うけど落ち込んでるわよ、アレ。」
「え?」
落ち込んでいる?
静流はそんな事、全く気づかなかった。
「あの笑い方が、"本物"か"偽物"かを見分けるのは意外とすぐに出来るんだけどね。あのコ、私と話す時の"目を見る時間"が普段の会話より少なかった。ありゃ、結構キテるよ。」
「そうなんですか。」
自分の中では意外と理解してるつもり、信頼もされ始めてきていると思っていたのだが、もろくもその想いは崩れ去る。
大体、目を合わす時間というモノ自体が、自分に対してはほとんど無いような気も・・・。
「でも、早い方よね、その段階まで来るの。私なんか本当・・・はぁ・・・ま、"仕事に復帰する迄"にもっと仲良くなれたらいいわね。」
"仕事に復帰する迄"。
その単語が静流に圧し掛かる。
それまでに果たして自分は、どれだけの愛情を注ぎこめるのだろう。
どれだけの信頼を勝ち得るのだろう・・・と。