第C&Ⅶ話:なりたい自分、なれる自分。
「どうかなさいました?」
鈴村に連れて来られた場所は、立派な校舎だった。
校舎といっても、洋風のテラスとかがある建物で、聞いていた中・高校と違って、国外の大学のような雰囲気があった。
実際の国外の大学がどんなモノなのかは、征樹の知識にはなかったが、何というか格調高くなんとなくイギリス的な。
「いや、広いですね。」
こんな事を言いたかったわけではなかった。
「確かに生徒数100名前後では、人数に対して広過ぎますかね。」
「100名前後って、一体どんな学校なんです?」
金持ちが道楽でやるような学校・・・征樹は、様々なイメージを広げる。
(ダメだ、どう考えても、金持ちのボンボンとか、ハイソサエティなお嬢様くらいしか思いつかない・・・。)
自分の想像力の貧困さを嘆くばかりだ。
かろうじて、自分の中で奏が唯一該当しそうなキャラではあった。
ただ、どの道、自分とはおよそ気の合いそうに無い人間がいるのだろう。
「気になりますか?ほら、ちょうどあそこに生徒が一人。」
鈴村がそう言った先には、一人ベンチに座る人物がいた。
(あれ?)
肌の色が黒い。
「ここは両親が日本で働く外国籍の方や、日本の学校に馴染めなかった方が勉強する、まぁ、要するにフリースクールのようなものです。」
(全然違った・・・。)
征樹の想像とは大きく異なったものがそこにはあった。
「フリースクールと申しましても、当然きちんと高卒の資格は取れますし、その為のカリキュラムもあります。勿論、希望すれば、その他の資格取得の為の講習も受けられます。」
100名前後という生徒数と、学校としての中身を眼が得ると、さぞかし充実している内容なのだと思える。
単純計算でも、中・高の一学年、17,8名平均という数は破格だ。
今の自分の通う学校と比べるまでもないが、その破格さははっきりとしている。
「自立への道を促す過程で、人間関係を円滑にする方法を身につけるといいましょうか。」
人間関係が円滑ではない征樹としては、それも魅力的な教育方針に感じられる。
「自立・・・か・・・。」
自分は何時それが出来るのだろうか?
いや、出来るような人間になれるのか?
今から考えると甚だ不安になってくる。
「不安ですか?しかし、誰しも"なりたい自分"というものがあるはずです。それは一つとは限りませんが、出来る事ならその中で一番の自分になって欲しいというところですか。」
先程から鈴村の言葉は、その全てが征樹の心に突き刺さる。
正直な話、想像力が貧困だと先程自覚したばかりの征樹にとっては、未来の自分像というものが思い描けない。
そういえば、将来何になりたいという明確なビジョンがあったかどうか・・・なんとなくで、法律関係の本を読んではいるが、特に何か意味があるわけじゃない。
「そんな難しい顔をなさらなくても。」
鈴村は優しく微笑む。
爽やかで中性的な笑みに、征樹は少々ドキリとしつつも考えを巡らす。
「難しい顔なんかしてますか?」
「まだお若いんですから、そんなに悩まなくても・・・ハゲますよ?」
「は、ハゲ・・・ますか?」
「はい、ハゲます。」
にっこり笑顔で吐く言葉でもないが、既に毒舌としてインプットされている征樹は、それをあっさりと流す。
(鈴村さんて、ハンサムだな。)
「それこそ、こちらの学校を受験する事だって、選択肢としては可能なのですし。」
「そんな事出来るんですか?!」
「勿論、ある程度の試験はあります。それも、あなた次第ですが。」
「僕・・・次第・・・。」
なりたい自分。
その言葉がぐるぐると征樹の脳裏に回る。
「ところで。」
「はい。」
「先程から気になっていたのですが。」
今度は何だというのだろう?
ゴクリと喉を鳴らし、征樹は身構える。
「何故、私にそのような言葉遣いなのですか?」
「はい?」
主人である竜木の客という扱いならば、確かに征樹が鈴村に対して、そんな丁寧な言葉を使う必要はない。
というより、他人に対しては普段から征樹はこんなカンジなのだが。
「折角なのですから、もっとフランクにお話下さい。」
「フランク・・・でも、鈴村さんのが年上だし。」
「それはこの際、ぽいっと捨てておきましょう。はい、では、私からのお願いというコトで。」
「いいの・・・かな?」
「はい、そんなカンジで。」
そう鈴村は笑った。