第C&Ⅳ話:たぐり寄せられない縁もある。
「あ。」
ぽつりと声を上げたのは、既に車に揺られてからだった。
突然に声を上げた征樹にミラー越しに運転手である中年の男が、チラリとこちらを見たがすぐに運転に集中する。
「どうしたのかね?」
車の後部座席、征樹の隣に座る老人が聞き返してくるのを見ながら・・・。
「いや、迂闊だったかなって。」
「迂闊?」
征樹はようやく冷静に戻って、今の現状で考えた事を口に。
「いくら瀬戸さんの所が会員制で、身元がはっきりしているからって、出会って間もない人の車に無警戒で乗るなんて・・・。」
普通にヌケている。
飴をやるからとホイホイついて行く子供じゃあるまいし、と征樹は軽く落ち込んでいた。
「ふむ、確かに。ママに連絡するかね?」
「いえ・・・。」
「そうか。しかし、ママに聞けば身元がしかと判るなら、いいのではないかね?」
「・・・さっきの男性も同じ会員だったし・・・。」
「ほ?」
目をぱちぱちと瞬かせ、征樹を見る老人。
別にこの老人が、同じ様に征樹に危害を加えると思っているわけではない。
ただ心構えとして、どうかと思うという話である。
「こりゃ、また、確かにその通りじゃな。ふむ、儂は"竜木"と言ってな、そりゃもうずっと昔からママの友人なんじゃ。」
「昔から?」
昔の瀬戸・・・征樹には全く想像出来ない。
第一、どれ程の昔なのだろうか?
あまり昔過ぎると、"男性の格好"をしていたりするはずだ。
(・・・益々、複雑過ぎて混乱する。)
「君の母君とも知り合いだったぞ?」
そういえば、以前、母親似と言われたのを思い出す。
となると、やはり相当前、父や母、瀬戸が学生時代くらいから知っているのだろうか?
益々想像し難い。
「なんというか・・・謎がナゾを呼んで、何が謎やら・・・。」
「まぁ、それはまた後で話すとして、先程の状況を話してもらえるかの?」
逆に言えば、話せば、母達の話をしてもらえるのだろうか?と征樹は考える。
「知り合いの・・・僕が"姉"と慕っている人の旦那さんです・・・。」
半ば強制的にそういう設定になったのだが、一番簡潔な説明だとこうなる。
「それが何故、あんな事に?」
「さぁ?」
自分自身の事だって解るはずがないのだから、答えようもない。
しかし、征樹にとって正直、そんな事はどうでもいい事だった。
それを知ったところで、自分はどうせ何も出来ないだろう。
自分が子供だというのは、もうきちんと自覚できている。
「それとさっき避けなかった事とは、繋がりがあるのかね?」
更に竜木が問う。
その表情は、征樹の答え・反応、その全てを楽しんでいるようにも見える。
「いいかなって・・・。」
「?」
「なんだろう・・・あの人の行為が、琴姉ぇじゃなくて、僕に向いて良かったなって・・・僕に向くって事は、心の何処かでまだ琴姉ぇの事を想ってるんじゃないかって・・・。」
だから、"愛している琴音"を傷つけるという事は出来ない。
全ては征樹の想像でしかないが、征樹はそう思いたかった。
「そう思ったら・・・いいかなって・・・。」
そうでなかったとしても・・・。
「琴姉ぇにそれが向かうよりは、多分・・・遥かに。」
それで相手の人間の気がすむというのなら、自分が受けた方がいい。
誰が大事か、優先かは、征樹にははっきりとした事だった。
どちらかと言えば、最初の、心の何処かでという説を取りたい征樹ではあったけれど。
「君は母親似だのォ、本当に。」
征樹の言葉を最後まで遮る事なく聞き続けた竜木が、ようやく口を開く。
「それで、彼をどうする?」
竜木が言いたいのは、然るべき所に出すとか、そういう類いの事を言っているのだと、少なくとも征樹はそう受け取った。
「・・・どうも・・・。」
「どうも?」
「どうもしないです。あの人ともう一度会うかどうかも、竜木さんと出会ったのと同じで、縁だと思うから。縁があるならまた会うかも知れないし、そうじゃないかも知れない。」
「縁か?」
何故だか、竜木はより一層微笑んでいる気がした。
「なんか、最近、自分の中で流行り・・・なんで・・・。」
「なるほどなぁ・・・いやはや、君は優しいの。」
「そうですか?」
征樹は苦虫を噛み潰したような渋い表情を作る。
「そんな実感なんて、ないかなぁ・・・。」
他人に興味を持つ事自体が少ないのだから、実感のしようもない。
「優しい、優しいが、"厳しい優しさ" じゃな。」
「厳しい優しさ?」
征樹は矛盾しているような気がした。
「さて、着いたぞ。」