第Ⅸ十Ⅸ話:飽和水容量。
「意外とあっさり出来たな・・・。」
「本当、意外と・・・。」
征樹と杏奈。
二人が見下ろしているのは奏だ。
ハプニングだらけの一日が終わり、その翌日。
再び海に来ていた。
今日は、杏奈も水着で海に入って、二人がかりで奏に泳ぎを教えているところだったが・・・。
「っぱ・・・はぁふぅ・・・どうですか?」
二人の前にに"泳いで"来た奏が顔を上げる。
「なんと言うか、今まで苦手と言っていたのが、なんだったのかと・・・。」
それくらい普通に泳げている。
「アレじゃない?単に苦手意識が先行してただけっていうの?」
杏奈も征樹と同じように呆れ気味だ。
「そうかも知れません・・・何でも挑戦、ですね?」
そこはかとなく意味深に。
そして、ざぶざぶとバタ足で推進を始め、二人から離れていく。
その姿に何のリアクションも突っ込みも出来ぬまま見送る二人。
杏奈は一人ダメージを受けていた。
「挑戦・・・か。」
征樹が呟く。
「ねぇ、杏奈?」
オレンジとホワイトのボーダーのビキニトップ。
下にも恐らく同じモノを履いているだろう水着姿の杏奈。
ちなみに今はデニムに見えるショートパンツを履いている。
「んー?」
妙に意識してしまって、征樹の方を向く事が出来ない。
「杏奈は、もう髪、伸ばさないの?」
「へ?」
余りの予期せぬ言葉に、杏奈はガバッと大袈裟に征樹に顔を向ける。
「あ、いや、深い意味はないよ・・・うん。」
征樹はそう言うが、果たして何の意味もなくこの人間がこんな事を言うだろうか?
訝しんでしまうのも仕方がない。
そんな単純だったら、杏奈だって苦労しない。
「どうして?」
「おや。ただ本当になんとなく・・・なんとなく聞いてみたかったんだ・・・。」
「そう・・・どうしよっかな。」
思わせ振りに言ってみる。
ある意味、これも征樹が人に興味を持つ一歩ともいえるから。
「長いのも、今の短いのも・・・似合ってるから。」
「え?」
更に意外な一言。
この唐突な一言に、ぼわっと杏奈の顔が瞬間的に赤くなった。
顔だけでなく身体も熱い。
「そ、そう。・・・考えとく。」
たまらず、そう返す。
「そうか・・・。」
「ま、征樹が見たいってんならね!」
すぐには無理だ。
なので、試しに今度ウィッグでも買ってみようかと本気で脳内検討を始める。
顔は依然として赤いままだ。
征樹は一人驚いていた。
(意外と簡単だったな。)
これ一つ聞く事を何故、自分は躊躇ったのだろう?
言ってしまえば、こんなにも単純で驚く程に簡単な事だというのに。
今までの自分が滑稽に思えるくらい。
滑稽だと思うのは、まぁ、何度も未だにあるが。
自分から何かを発信する事は、悪い事ではない。
ただ、征樹はそれが面倒と思えてしまうくらい必要性を感じていなかっただけ。
「そうだな、きっと興味があるのかも・・・ね。」
ドキリと跳ねる心臓。
「あのさ、征樹?」
「ん?」
折角の二人きり、しかも夏の海。
これで胸がときめくなというのも無理な話だ。
「ぷっはぁっ!」
杏奈が征樹との距離を詰めようとしたその矢先、二人の間の海面から奏が顔を出して割って入る。
「うわっ。」
「うふふ、驚きました?」
(なんか・・・ノリが琴姉ぇみたいだ・・・。)
相変わらず、突っ込みレベルが容赦ない。
どうやら奏は、近づいてくる途中から海中に潜っていたらしい。
「まぁ、それなりに。」
「そうですか・・・結構、海の水、しょっぱいですね。」
ペロリと舌を出す奏。
杏奈は呆気に取られたままだ。
「今度は、皆で遊びませんか?静流さん達も一緒に。」
「そうだね。」
イイトコロをうまく邪魔された気がして、がっかりしたのは杏奈の方だ。
「いくら海でも、そこまで塩は送れないです。」
奏は杏奈だけに聞こえる声で、そうぽつりと呟いた。