第Ⅹ話:脳ある少年と後ろ向き女の組み合わせ。
長さがまちまちなのは、仕様ですw
風呂から上がり、再びスーツ姿になった静流が居間に戻るとマグカップ片手に征樹が何かを読んでいるところだった。
「征樹君?」
「あ、はい!すみません!」
突然に謝られた言葉の意味が全くわからなかったが、征樹の読んでいるモノが先程静流が読んでいた資料だとわかると、言葉の意味を理解出来た。
弁護士にはクライントの不利にならない様にという意味も含めて、守秘義務が存在するのだ。
「あぁ、そこにあるのは全部が公開情報だから、大丈夫よ。」
「そ、そうですか・・・冷静に考えてみたらそうですよね。」
「わかるの?」
静流は征樹が読んでいた資料を横から覗き込む。
「全然。僕は専門家でもなんでもないし。ただ静流さんの担当は、債権法でこれが会社の破産関連の資料なら公開情報かと・・・。破産って裁判所の許可がないとダメなんでしょう?」
裁判所で許可が出るような事柄なのだから、公表される情報なんだろうとの判断だ。
征樹のその判断は、あながち間違いというワケじゃない。
「そう・・・他に何か思う事ある?」
静流は少し考えて、征樹が何を規準に思考しているのかが興味があった。
「ん~。こういうのって残った財産で借金とかを出来る限り返せるようにするんですよね?弁護士はその交渉役で。」
「まぁ、そうね。」
所謂、破産管財人というヤツだ。
「んで、当然、お金を沢山貸している人が一番沢山返してもらえる権利があると。」
当然の理屈。
「う~ん・・・。」
当然の理屈なのだが。
「どうしたの?」
「理解出来るけど、理解したくないという言うか。それが公平なんだけれど、不公平な気がすると言うか。」
いやに歯切れの悪い言葉を呻く征樹に首を傾げる静流。
「なぁに?なぞなぞ?」
「そういうつもりじゃなくて。その、沢山お金を貸してる相手は当然大きな会社なんでしょう?貸したり、払うお金が用意出来るんだから。でも、少しのお金を貸している相手の中には、もしかしたらなけなしのお金だったり、必死にかき集めた様な相手だったりしたら、もしかしたら返ってくるお金がないと、そっちが破産しちゃうかも知れないんじゃないんですか?」
債権を持つ会社のリストを指さしながら、首を捻る征樹。
「そう考えると理屈はわかるけど、不公平というか弱い者イジメというか・・・一つの会社の破産で他の会社まで一緒に破産していくのが起きるのってなんか・・・う~ん・・・。」
言いたい事がうまくまとめられず、とうとう唸り声まで上げ始めた。
「こぅ・・・優先順位が一番上はそういう人達を助ける分が先で、次に額が大きい人の順とかがいいなぁって・・・でも、沢山貸している人達からしたら、不満だからけでそれも不公平なのかも知れないけれど・・・。」
意外と理に適っている。
つまり、出資率による割りあての救済ではなく、社会的損害率を考えた配当を置いてはどうかという言う主張という事だ。
確かに一つの会社の破産に関する管財で、他の会社の連鎖倒産を生み出すのは良いとはいえない。
そういった処置も実質的にはアリだ。
当然、征樹の言った様に様々な不満が出るだろうが、そこは破産管財人である弁護士の腕次第な部分もある。
「征樹君って意外と法的というか、理論的というか、そういうセンスがあるのね。」
「門前の小僧なんとやらというか、親はいなくとも子は育つというか、父の本棚の本かネットぐらいしか時間潰しがないという・・・か・・・。」
資料を先程まで熟読していた征樹だったが・・・。
(ち、近い・・・。)
自分の真後ろ、肩口辺りにある静流の顔を見て思考がフリーズする。
ほんのりと湿った髪と上気して桜色になった大人の魅力満載の美人が、至近距離にドアップなのだ。
しかも香ってくるのは、自分と同じ石鹸の匂いつき。
色んなモノが身体から出そうだった。
いや、本当に色々。
鼻から赤でもいいし、毛穴から透明な液体でもいいし、口から心臓でもこの際いいだろう。
そんな状態や気持ちは、当然静流には全く届いていないようだ。
「あ、あ、静流さん、お茶でもいかがです?僕、煎れてきます。」
無様なカタチで戦略的撤退。
格好悪過ぎである。
「あ・・・。」
答えを聞く前にそくさと台所へ行ってしまった征樹を見送る静流。
(やっぱり、嫌われて・・・る?)
静流自身はまさか征樹が青い性(?)のほどばしりから悶絶して逃げ出したとは思ってもいなかった。
(征樹君から見て、意外と魅力ないのかしら・・・。)
寧ろ、逆に意外な方向にいく静流。
「もしかして・・・征樹君から見たら、もう私なんてオバさん・・・?」
三段跳びのような感じで、更に後ろ向きな発言。
確かに年齢差は一回りはゆうに超えているが、それだって年上のお姉さんレベルで許される程度なのだが、こういう状態になった静流はなかなか正常な思考に戻らない。
一度風呂場で後ろ向きになったせいか、引きずっているらしい。
「何か言いました?」
台所からひょいと顔を覗かせて、自分を見てくる征樹。
「ううん・・・。」
ふと征樹を見て、更に考えがわく。
どうせ嫌われているのならば、もはや何を言っても変わらないのでは?
後ろ向きのまま突き進むと、逆に腹が据わる。
「あ、あのね、征樹君、私、今日はここに泊まるつもりなの、パジャマ代わりに何か貸してくれる?」
明日もどうせ有給状態で仕事は休みなのだから、どうとでもなれ!
断られたら相当にショックを受ける事はわかっていたので、泊まる事はまるで決定事項で変更が出来ない雰囲気を出して聞いてみたのだった。