星逢祭を理由に婚約破棄された伯爵令嬢は、空籤を願ったのに執着系次期公爵を引き当てました
需要があれば長編にしたいと考えています。
評価やブックマーク、コメントで教えていただけると幸いです!
男は、神に向かって祈る。
さぁ、無様で愉快な生き様を盗み見する神たちよ! ここに絶好の供物があるぞ! 私の選択をそこから楽しめばいい! だから……どうか彼女をわたしの側に。
「アム・リュクシア、フィル・アモル。
エル・オルディス、ヴィア・セレクタ」
男は呪文を唱えると、手順に従って籤を引く。
男は選んだ籤を握り締め、会場の端に身を寄せる。
後は、彼女が籤を引くだけ。
「アム・リュクシア、フィル・アモル。
エル・オルディス、ヴィア・セレクタ」
男はもう一度、口の中で唱える。
愛の女神リュクシアよ、愛の縁を結びたまえ。
智慧の神オルディスよ、道を選びたまえ。
男は、彼女が籤を引き終えるまで、ずっとその姿を見つめていた。
※※※
――数年前。
「アンナ、婚約を解消したいんだ……」
普段なら、彼の家を訪ねても応接室で一時間以上待たされる。
しかし、今日は彼の方が応接室で私を待っていた。
幼少期。
上位貴族の子どもたちが集まるお茶会でその人と出会った。
その後、両親に連れられて、彼と彼のご両親と食事をした。
知らない間に、許嫁になった。
それから毎月、決まったように彼に会いに行った。
大人になれば、この人と結婚すると信じていた。
そして、婚約発表まであと一年ちょっとの今日。
座る間も与えられずに告げられた言葉。
立つべきか、座るべきか迷ったが、私は立つ事を選んだ。
そして、彼の薄い金色の髪に反射する光を見つめながら問う。
「何故?今、なのですか?」
「……すまない、アンナ。ただ、わかって欲しい。キミの将来を傷つけたくないんだ」
「今なら、まだ婚約発表前だ。だから、きっと君の評判には響かないだろう? それに、キミは俺の事など愛していないだろう?」
「……どうして?」
「それは、愛し、愛される事を知ってしまったから……。わかるだろう?」
目を伏せて、こちらを見ようともしない彼。
何故、私が傷つかないと言えるのだろう。
何故、私があなたを愛していないと言えるのだろう。
何故。
何故。
「何故ですか?」
「…………」
沈黙の後、彼は大きくため息を吐く。
「出会ってしまったんだ、運命に。そして、星逢祭で、二人とも神の祝福を受けて選ばれたんだ! この意味は、わかるだろう?」
「彼女との結婚に障害なのは、キミだけなんだ」
「……私は、貴方にとって障害、でしたか……」
涙一つ出ない。
出せないほどに、混乱していた。
彼を愛しているのかは、幼い時から側にいたのでわからない。
ただ、彼と添い遂げる未来だけは信じていた。
「両親と相談しないと……。私の一存では決められません」
はく、はく、と何度か浅く息をしたあと、ようやく絞り出した声。
まるで水の中から聴くように自分の声が遠く聞こえる。
「……それは。キミが説明してくれないか? 今は、キミがこの婚約解消に同意してくれれば良いんだ」
「それぐらい出来るだろう?」
「どうして?」
「星逢祭の出会いの籤引きで、彼女との縁が結ばれたんだ。これで家格差を気にする事もない。彼女の家は男爵家だが、事業が好調で持参金もある! これで私の両親は納得した! 問題はキミだけなんだ!」
「……どうして?」
疑問だけが口の中で爆ける。
どうやって馬車に乗って、どうやって帰宅したのか、今が何時なのかわからない。
陽の光が煌々と差す中、彼の家を訪ねたのに。
今は薄暗い自室で一人。
呆然と立ち尽くしている。
それから数日間は、どう過ごしたのか記憶にない。
両親が落ち着いた頃に、家の応接室に呼び出された。
「アンナ、先方との話はついた。この婚約は破棄された」
「これから新しい相手を探すから、しばらくは領地で静養するか?」
心配する両親の言葉を黙って受け入れる。
「アンナ、何かやりたい事はないの?」
母が私を労るように手を取る。
「……。わ、たしの……やりたい、事」
その言葉にようやく思考が動き始める。
せっかくの機会だ。
これを逃せば自由に選択できる機会を失ってしまう。
「わたし、私は、教育に携わっていきます」
「高等部を卒業したら、教員になります。だからお父様。もしも、私に慈悲を与えてくださるならば、婚約者候補など探さないでください」
「今、残っている方なんて幼児か老人、手に負えない事故物件ばかりです」
「そんな人に嫁ぐのは嫌」
「伯爵令嬢が働くと言うのかね?」
「はい。今からでも求人をきっと見つけます。卒業までに就職先を見つけられなかった場合はお父様の言う通りに参ります」
それからの一年はがむしゃらに駆け抜けていった。
まずは、学校の就職課に相談に行き、驚愕された。
なんとか複数の求人票を見つけてもらった。
そのなかに、幼少期に憧れていたが、入園が叶わなかった学園があった。
凄まじく高い倍率を勝ち抜き、憧れの学園の教師になる事が決まった。
「お父様、私はオルディス学園幼稚舎に就職が決まりました。約束です、私を自由にしてください」
一年前の重苦しい空気とは違い、今日は清々しく感じられる。
両親は私を見つめている。
父が一つ頷く。
「よかろう、約束だ。職業婦人として、頑張りなさい」
「はい」
母は少し笑う。
「貴女、そんなにオルディス学園に通いたかったの?」
「はい。あの白亜の校舎には憧れました。我が家とは派閥違いで初等科からの入学は断念しましたが……」
これからは、家の派閥に関わらずに生きていける。
もう、押しつけられた恋なんてしない。
決められた結婚なんてしない。
そう思っていた。
※※※
「それでは、未婚の皆様。ここで神のご加護を賜りますように、一度お祈りいただきましてから、決められた手順で籤を引いてください」
星逢祭。
今となってはどうでもいいが、かつては忌々しく思っていたお祭りに、何故か私は参加していた。
一際小さな少年が、その幼い身体には不釣り合いなほど荘厳な祭服を纏っている。
その隣には年齢不詳の巫女。
二人揃って、籤の入った箱の後ろに立っている。
参加者たちが次々に祈りを捧げていく。
私も仕方なく両手を組んだ。
「アム・リュクシア、フィル・アモル。
エル・オルディス、ヴィア・セレクタ」
愛の縁など、いらない。
道なら自分で選ぶ。
だから、神さま。
どうかわたしに空籤をください。
全ての参加者が籤を手にする。
年齢不詳の巫女がすっと手を挙げて唱える。
「アム・リュクシア、フィル・アモル」
少年が複雑に手を組み唱える。
「エル・オルディス、ヴィア・セレクタ」
二人同時に呼吸を合わせて唱える。
「――コンコルディア」
不思議な光が会場を包み込み、床に魔法陣が浮かび上がる。
手にした籤が、ぐい、と私の腕を引いた。
まるで、私の手を掴んで歩き出そうとするように。
周囲でも軽い悲鳴があがり、ざわつく。
引っ張られるように足早に歩く人。
何もなかったように、佇む人。
引かれ、進み、すれ違い、また誰かと交差する。
誰も音楽など奏でていないのに、会場は一斉にワルツを踊り始めたようだった。
私は手の中の籤の動きに抵抗する。
これは空籤。
そう願った。
だから、動く必要はない。
何事もなかったように、相手がいなかった、残念だという顔をして会場を後にすればいいだけだ。
だから、私のことを引っ張らないで。
これ以上は、周囲に気づかれてしまう……。
私は引っ張られる手を反対の手で押さえて、出口の方へ歩いていく。
そこへ一人の男性が声をかけてきた。
「失礼。もしかしたら、私の籤が貴女の籤に引かれているようです。確認しても?」
尾てい骨に響くバリトン。
見目麗しいという言葉は、この人の為にあるのだと思わせる男性。
ヒールを履いた私より、頭一つ以上高い。
鍛えられているとわかる身体の厚み。
着崩れたところがない。
差し出された指先。
磨かれた靴。
一目で上級貴族だとわかった。
「いいえ、きっと人違いでしょう。私の籤は空籤です」
作り笑いを浮かべて、上級貴族に対する礼を行う。
そして、今度こそ会場を後にしようと扉に手をかけた瞬間。
手の中から籤が落ちる。
落ちた籤は床に触れることなく、吸い寄せられるように男の籤へ近づいていく。
二人は、その様子を息を呑んで見守っていた。
「あぁ……よかった」
「あああー……嘘でしょ?!」
一気に頬を赤らめる男と、天を仰ぐ女。
対照的な二人の反応に、やがて周囲がざわつき始める。
「ヴァルシュタイン卿……?」
「……お相手はどなただろうね?」
「卿のお相手は確か……」
周囲の声が大きくなるにつれ、嫌な予感も膨らんでいく。
「クラウディル・フォン・ヴァルシュタインと申します」
――ヴァルシュタイン?
公爵家の名前に、私は項垂れた。
一度、吸いすぎて溜まった空気をゆっくりと吐き出す。
貴族らしく、口元にわずかな笑みを浮かべて、片足を一歩引き、腰を落とす。
「お初にお目にかかります。アンジェリーナ・フォン・ローゼンフェルドと申します」
「貴女は初対面とお思いでしょうが、私は以前から貴女を存じておりましたよ?」
「え?」
「……先ずは、この結果を『巫女と預言者』に報告して、係に登録して貰いましょう」
「え?」
「今から一年で、貴女には私を選んで頂きますので……」
「……は?」
「さあ、参りましょう。宜しければお手をどうぞ」
ヴァルシュタイン卿は異議を認めぬ強さで、流れるように私をエスコートし、何組かのカップルの後ろに並ぶ。
籤で結ばれた男女はここで登録し、一年後、互いの意思で縁を結ぶかを決める。
二人の籤を確認した係員が書類に記入する。
そして、『巫女と預言者』は目の前に来たカップルたちを見て、ただ頷く。
選ばれた二人は無言で深く一礼し、その場を離れる。
それを何度か繰り返し、私とヴァルシュタイン卿の番がやってくる。
私は重い足取りで前に進み出る。
『巫女と預言者』は目の前に来た私たちを見て、ただ頷く。
礼をして下がろうとした瞬間、『預言者』が声をかけてきた。
「……先生、覚えていますか?」
「え?」
「貴女の選択にオルディス神のご加護が在らんことを……」
深々と一礼をした私たちに、一言だけ残して、『巫女と預言者』は去って行った。
預言者が誰なのかは、もちろん覚えている。
荘厳な祭服に身を包んでいても、その少年を忘れるはずがない。
「アンジェリーナ嬢は『預言者』の担任でしたね?」
「……どうして?」
「先程も、申し上げたはず。私は以前から貴女を存じていると……」
ヴァルシュタイン卿は真っ直ぐに私を見る。
「神にいただいた機会を、逃すつもりはありません」
それは、神と私への宣戦布告のように聞こえた。
【『幼稚園戦争』スピンオフ作品】
本作は、『幼稚園戦争』に登場するアンナ先生のお話です。
初めて担任を務めたスミレ組の園児たちが卒園した、その後の物語になります。
本作だけでも独立したお話としてお楽しみいただけます。
現在連載中の『幼稚園戦争』では、アンナが先生として奮闘する姿や、幼い頃の『預言者』たちの物語をお楽しみいただけます。
本作をきっかけに気になった方は、ぜひそちらも覗いてみてください!
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。




