「たこやき」
毎日毎日、鉄板の上や。
おっちゃんに千枚通しをブスッと刺されて、くるくる回される。隣のやつも、そのまた隣のやつも、みんな黙って刺されて、黙って回されとる。同じ顔して、同じように焼かれて、同じようにパックに詰められていく。ソースかマヨか選ばれて、爪楊枝ぶっ刺されて、知らん人間の口に放り込まれて終わり。
それがワイらの人生や。
……なんでやろな。ある朝、急に嫌になった。
べつに何があったわけやない。おっちゃんの手つきもいつも通りやし、道頓堀の喧騒もいつも通りや。ただ、ふと思ってしもた。ワイの中にはタコがおる。タコは海におったんや。ほなワイかて、泳げるんちゃうか。
転がった。鉄板の端から、ステンレスの台をころころ転がって、屋台の縁から関西の空が一瞬見えて、次の瞬間、ドボン。
道頓堀川。
昔はえらい汚かったらしい。飛び込んだ人間が目ぇやられたとか、腹壊して入院したとか、そんな話ばっかり聞いとった。けど今は、思ったよりずっとましやった。濁ってはおるけど、ヘドロの匂いはせえへん。水の中にちゃんと命がある。
マハゼがいちばん最初に来た。じっとこっちを見て、すーっと近づいてきて、ワイの横にぴったりくっついた。
「あんた、見たことない顔やね。どこから来たん?」
「上や。陸の上」
「うそ、すごい。こっちの子とは全然ちゃうわ」
離れへん。
次にテナガエビが来た。ワイの反対側にすっと入ってきて、長い手ぇでワイの背中をそっと撫でた。マハゼがぴくっとして、「ちょっと、近すぎひん?」。エビは知らん顔で「べつにええやろ」。
気づいたらブルーギルも来とった。少し離れたとこから、じっとこっちを見とる。近づきたそうにしとるけど、マハゼとエビがおるから入ってこれん。
そのうち小さい魚の群れも来た。ワイの周りだけ、いつも誰かがおる。誰かが横にくっついて、誰かがちょっと離れたとこから見とって、誰かがその外側でうろうろしとる。
モテてる。ワイ、めっちゃモテてるやん!
陸の上では何百個もある中のひとつやった。パックに6個入りで380円。ひとつあたり63円ちょっと。そんなもんやった。せやけど川の中では、ワイは唯一のたこやきや。誰ともかぶらん。みんながワイを見てくれる。
ワイは気前よく愛想を振りまいた。ファンサービスや。アイドルにはアイドルの務めがある。
毎日が楽しかった。グリコの看板の足元を泳いで、とんぼりリバーウォークの灯りを水の中から見上げて、夜の道頓堀のネオンが水面でゆらゆら揺れるのをぼんやり眺めた。どこへ行っても、誰かがワイを見とった。
スターって、こういうもんなんやな。
***
ある晩のことやった。
川底を散歩してたら、仄暗い水の底から、白いもんがぼんやり浮かび上がってきた。
白いスーツ。銀色の髪。にこやかな――いや、にこやかやった「はず」の顔。
聞けば、ケンタッキー生まれの紳士らしい。昔この川に沈められて、24年おったんやと。この川では、ちょっとした有名人やったらしい。
――ワシも人気者やと思うとった。
白いおじさんの影が、そうつぶやいた。
――24年ここにおって、やっとわかった。
おじさんの体にはチキンの匂いがうっすら残ってた。でも、もうほとんど感じられない。
――勘違いや。
「……どういう意味です?」
おじさんは答えんかった。こっちを見て、少しだけ笑ったように見えた。それから、暗い水の中へ、静かに沈んでいった。
***
振り返ると、魚たちがおった。
いつもの顔ぶれや。マハゼ。テナガエビ。ブルーギル。みんなワイの周りにおる。いつも通りや。
――せやけど、目ぇが、いつもとちゃう。
マハゼが言う。「なあ、もうちょっとこっちおいでや」
テナガエビがささやく。「今日はなんや、いつもよりええ匂いするなぁ」
ブルーギルがじっとこっちを見て、笑っとる。
「……なんや、みんなして」
奥の暗がりから、「づぼら」そうな大きなフグが、のんびりのんびり、ゆっくり近づいてくる。
「――きみのこと、ずっと見てたで」
「ほんまに、ほんまに――」
「――食べちゃいたいくらい、好きやねん」
周りの魚たちが、一斉に、静かに、笑った。




