【上巻】英雄たちの履歴書がヤバすぎる件
# 三国志演義 ―― 俺たちの天下三分がこんなにカオスなわけがない
## 【上巻】英雄たちの履歴書がヤバすぎる件
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### プロローグ ~ 天下大乱の始まり方が雑 ~
西暦184年。後漢王朝。
かつては栄華を誇った大帝国も、この頃にはもうボロボロだった。
皇帝はバカ。宦官(かんがん=去勢された宮廷官僚)が権力を握り、賄賂が横行し、民は飢え、疫病が蔓延していた。
要するに**詰んでいた。**
「もうやってらんねーわ」
そう思ったのが**張角**という男。
彼は太平道という新興宗教の教祖で、信者数は数十万人。布教の方法は「病気を治す(と言い張る)」「お札を配る」「国は腐ってると叫ぶ」の三本柱。現代で言えば怪しいインフルエンサーである。
張角は弟の**張宝**と**張梁**を引き連れ、黄色い布を頭に巻いた信者たちとともに反乱を起こした。
**黄巾の乱。**
「蒼天すでに死す! 黄天まさに立つべし!」
スローガンはカッコいい。だが中身は「もう漢王朝終わりだから俺たちの時代にしようぜ」である。
全国で一斉蜂起。朝廷は大パニック。
「やべーぞ、兵が足りん! 各地の有力者に義勇兵を募れ!」
この「誰でもいいから兵を集めて戦え」という雑すぎる対応が、後の群雄割拠――そして三国時代の扉を開けることになる。
歴史というのは、だいたい偉い人のミスから始まる。
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### 第一章 ~ 桃園の誓い ~ 出会い方がだいたい居酒屋 ~
義勇兵募集の張り紙の前で、一人の男がため息をついていた。
**劉備**、字は玄徳。
年齢二十八歳。自称・漢王朝の皇族の末裔。ただし証拠はない。現在の職業はゴザ売り。
そう、**ゴザ売り**である。
漢王朝の血を引くと自称しながらゴザを編んで売る日々。履歴書に書いたら面接官が困る経歴だ。
劉備はため息をついた。
「国が乱れている……俺も何かしたい……でも金がない、兵もない、コネもない……」
ないない尽くしのこの男に声をかけたのが、背後から響いた雷のような声だった。
「おい、そこのデカ耳! そんなとこで突っ立ってんじゃねえ! やる気あんのかねーのか!」
振り返ると、身長八尺(約190cm)、豹の頭に環のような目、虎のようなヒゲ。
**張飛**、字は翼徳。
職業は豚肉屋兼酒屋。つまり**肉屋の店長**である。
「お、おう……やる気はあるんだが……」
「あるならいいじゃねーか! ちょうど俺も義勇兵に参加しようと思ってたんだ! まずは飲もうぜ!」
初対面でいきなり飲みに誘うコミュ力。これが三国志最強の突撃隊長の器である。
二人が酒場に入ると、そこにもう一人、異様な存在感の男がいた。
身長九尺(約2m超え)。顔は赤く、髭は胸まで伸び、目は切れ長。手に持っている酒杯がショットグラスに見えるほどデカい。
**関羽**、字は雲長。
職業は――**なし。** 人を殺して故郷から逃亡中の**指名手配犯**である。
「あんた、見るからにただ者じゃないな」と劉備。
「人を見かけで判断するな。……まあ人は殺したが」
「えっ」
「正義のためだ。地元の悪党を成敗しただけだ」
「お、おう……」
こうして**ゴザ売り、肉屋、殺人逃亡犯**という最強にヤバい三人が意気投合した。
場所は張飛の家の裏にある桃園。
三人は天に誓った。
**「我ら三人、生まれた日は違えども、死ぬ時は同じ日同じ時を願う!」**
これが有名な**「桃園の誓い」**である。
感動的なシーンだ。だが冷静に考えてほしい。
出会って**その日**にここまで誓う人間が、現代にいたらちょっと心配される。
張飛が資金を出し(肉屋は儲かるらしい)、村の若者を集めて義勇軍を結成。三人は黄巾賊討伐に出発した。
なお、劉備はこの時すでに二つの武器を持っていた。一つは**「雌雄一対の剣」**。もう一つは**涙腺**。
この男、後に何度も何度も**泣いて人の心を掴む**ことになる。泣きの劉備。涙の営業。感動のウェットティッシュ。
三国志演義における劉備の最大の武器は、剣でも軍略でもなく**「すぐ泣く」**ことなのである。
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### 第二章 ~ 黄巾の乱 ~ ボスが弱すぎる問題 ~
義勇軍となった劉備たちは各地で黄巾賊と戦った。
張飛は蛇矛を振り回して暴れ、関羽は青龍偃月刀で敵をなぎ倒し、劉備は……まあ、いた。
そして官軍の将軍たちも次々と黄巾賊を討伐していった。
中でも目立ったのが以下の面々。
**曹操**、字は孟徳。宦官の孫。だが本人は超エリート。知略に優れ、詩も書け、兵法書にも注釈をつけるインテリヤクザ。
**孫堅**、字は文台。江東の虎と呼ばれた武闘派。後の呉の礎を築く男。戦場では常に先頭を走る脳筋スタイル。
**董卓**。西涼の軍閥。デブ。後に天下を荒らす大ボス候補だがまだ脇役。
黄巾の乱自体は、わりとあっさり鎮圧された。
張角は病死。張宝と張梁は戦死。
**「え、ボス戦これだけ?」**
そう、三国志演義の黄巾の乱はチュートリアルステージである。本番はここからだ。
問題は、乱を鎮圧した後の論功行賞で起きた。
劉備は命がけで戦ったのに、もらえたポストは**県の副署長**みたいなショボい役職。
しかも赴任先に監察官がやってきて、賄賂を要求してきた。
劉備が困っていると、張飛がキレた。
「この野郎ッ!!」
監察官を柱に縛りつけて、杖で200回ぶん殴った。
**200回。**
「おい張飛、殺す気か」
「殺す気だが?」
三人は役所を捨てて逃亡した。
こうして劉備の公務員生活は秒で終わった。
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### 第三章 ~ 董卓 ~ 暴君のスペックが高すぎて困る ~
黄巾の乱が終わると、朝廷内の権力闘争が激化した。
宦官 vs 外戚(皇后の一族)の殴り合いが起き、結果的に**両方とも壊滅**。漁夫の利を得たのが**董卓**だった。
董卓は西涼から大軍を率いて洛陽(首都)に入り、幼い皇帝を廃位させ、新しい皇帝を立て、自分は**相国(首相)**に就任した。
やりたい放題である。
董卓のスペック:
- 武力:めちゃくちゃ強い(若い頃は馬上で左右両方の手で弓が引けた)
- 知力:意外と悪くない(最初は人材登用もまともだった)
- 政治:最悪(暴力と恐怖で統治)
- 体格:超デブ(後に重要な伏線)
- 配下に**呂布**がいる
この**呂布**というのが問題だった。
**呂布**、字は奉先。
三国志最強の武将。個人武勇だけなら歴史上トップクラス。愛馬は赤兎馬、武器は方天画戟。
ステータス画面があったら武力がカンストしている男。
だが、この男には致命的な欠陥があった。
**裏切り癖。**
呂布はもともと丁原という将軍の養子だった。だが董卓に赤兎馬と金をもらって、養父を殺して寝返った。
つまり**馬一頭で親を売った男**。
董卓は喜んで呂布を養子にした。
……いや、「養父を殺して来た男」を養子にする度胸がすごい。
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### 第四章 ~ 反董卓連合 ~ 全員バラバラで草 ~
董卓の暴政に、各地の諸侯がブチギレた。
**曹操**が発起人となり、反董卓連合が結成された。参加者は十八路の諸侯。盟主は名門・**袁紹**。
名簿だけ見れば最強オールスターだった。
だが実態は――
袁紹:「俺が盟主だけど、前に出るのは嫌」
袁術(えんじゅつ・袁紹の弟):「兄貴ムカつく。俺のほうが名門」
公孫瓚:「北方のことで忙しい」
劉表:「荊州から出たくない」
その他大勢:「様子見しよう」
**全員やる気がない。**
唯一マジで戦う気だったのが曹操と孫堅。あとは劉備三兄弟。
ここで名場面が生まれる。
董卓軍の猛将・**華雄**が連合軍の将を次々と斬り殺していた。
「誰か華雄を倒せる者はおらんのか!」と袁紹。
「俺が行く」
手を挙げたのは関羽。
だが関羽の肩書きはただの「弓兵隊長」。諸侯たちは鼻で笑った。
「一介の弓兵隊長ごときが……」
曹操だけが関羽を見て言った。
「行かせてやれ。温かい酒を用意しておく」
関羽は馬を走らせた。
そして――**酒が冷める前に華雄の首を持って帰ってきた。**
「……」
諸侯、沈黙。
これが**「温酒斬華雄」**。三国志屈指の名シーンである。
さらに連合軍の前に立ちはだかったのが、最強の男・呂布。
虎牢関で呂布が暴れ始めると、誰も止められない。
「おらァ! かかってこいやァ!」
一人、また一人と諸侯の武将が弾き飛ばされる。
そこに飛び込んだのが張飛。
「面白え! 俺がやる!」
張飛 vs 呂布。五十合打ち合って決着がつかない。
そこに関羽が参戦。二対一でも呂布は互角に戦う。
最後に劉備も加わり、三対一。
**三英、呂布を戦う。**
呂布はさすがに不利と見て撤退した。逆に言えば、**三対一でようやく撤退させるのが精一杯**だった。
この男のバグっぷりがわかるだろう。
しかし連合軍はここから内部崩壊。各諸侯がそれぞれの思惑で動き始め、結局バラバラに。
曹操だけが単独で董卓を追撃したが、伏兵にやられて大敗。命からがら逃げ帰った。
連合軍は**解散。**
なんだったんだ。
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### 第五章 ~ 貂蝉と連環の計 ~ ハニートラップは最強兵器 ~
董卓をどうにかしたい。
そう考えたのが朝廷の老臣・**王允**。
だが軍事力では勝てない。董卓には呂布がいる。
ならば――**内部から壊す。**
王允が用意した秘密兵器。
**貂蝉**。
王允の養女にして、絶世の美女。中国四大美女の一人。
作戦はシンプルだった。
まず貂蝉を呂布に会わせて好きにさせる。次に貂蝉を董卓に献上する。すると呂布は「俺の女を親父に取られた!」とキレる。
**連環の計。**
父子の間に美女という楔を打ち込み、関係を破壊する。
実行。
呂布は貂蝉に一目惚れした。「結婚しよう」とまで言った。
ところが翌日、貂蝉は董卓の屋敷に送られた。
呂布「は?????」
貂蝉は呂布の前で泣いた。
「あなたに会いたいのに、董卓様が離してくれないの……」
呂布は方天画戟を握りしめた。
董卓の前でも貂蝉は泣いた。
「呂布様が私に言い寄ってくるの……怖い……」
董卓はブチギレた。
「あのガキ……!」
完璧な二枚舌。貂蝉の演技力はアカデミー賞レベルだった。
決定的だったのが、呂布が董卓の屋敷の庭で貂蝉と密会しているところを董卓に見つかったシーン。
董卓は呂布に方天画戟(呂布自身の武器)を投げつけた。
もう親子関係は修復不能。
最終的に呂布は王允と共謀し、董卓を暗殺した。
董卓は朝廷に呼び出され、呂布の矛に突かれて絶命。
そしてここで、先ほどの**「董卓はデブ」**という伏線が回収される。
董卓の死体は街路に晒されたのだが、脂肪が多すぎて、死体のへそに灯心を刺して火をつけたところ――
**三日三晩燃え続けた。**
人間ロウソク。
三国志演義で最も「えぇ……」となるシーンの一つである。
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### 第六章 ~ 呂布という男 ~ 最強なのに人望ゼロ ~
董卓亡き後、呂布は独立勢力となった。
だが呂布の人生はここからが本番の転落劇である。
呂布の戦績だけ見れば最強。一対一なら誰にも負けない。赤兎馬に乗って方天画戟を振るう姿は「人中の呂布、馬中の赤兎」と讃えられた。
だが――
**裏切る。**
誰かに仕えては裏切り、助けてもらっては裏切り。
丁原を裏切り、董卓を裏切り、張楊に身を寄せては離れ、袁術に頼っては喧嘩し、劉備に徐州を借りてはそのまま乗っ取った。
**転職回数が多すぎてどこも雇ってくれない人。**
しかも致命的に**酒と女に弱い。**
最後は曹操に包囲され、部下の裏切りで捕まった。
捕まった呂布は曹操に命乞いをした。
「俺を配下にしてくれ。俺とあんたが組めば天下は取れる」
曹操は一瞬考えた。確かに呂布の武力は魅力的だ。
だが隣にいた劉備がボソッと言った。
「曹操殿。呂布が丁原と董卓にどうしたか、お忘れですか」
――つまり「こいつ養父を二人殺してますよ」。
曹操「処刑」
呂布「劉備てめーーーーーーーーッ!!!」
三国志最強の男は、縛り首であっけなく退場した。
教訓:**いくらスペックが高くても信用がなければ終わる。**
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### 第七章 ~ 曹操 ~ 天才すぎて友達がいない ~
さて、ここらで三国志のラスボス候補・**曹操**について語ろう。
曹操、字は孟徳。
幼い頃から「乱世の奸雄、治世の能臣」と評された男。つまり**平和な時代なら優秀な官僚、乱世なら天下を取る悪党**という、褒めてるのか貶してるのかわからない評価である。
実際、曹操のスペックは三国志全キャラ中トップクラスだった。
- **軍略**:天才。官渡の戦いで十倍の敵を破る。
- **政治**:天才。屯田制で食糧問題を解決。人材登用は能力主義。
- **文学**:天才。「短歌行」は中国文学史に残る名作。
- **人格**:最悪。
最悪は言い過ぎかもしれないが、三国志演義では完全に**悪役**として描かれている。
象徴的なのが、逃亡中のエピソード。
董卓暗殺に失敗した(演義では暗殺未遂になっている)曹操は、追っ手から逃げる途中、旧友・**呂伯奢**の家に泊めてもらった。
呂伯奢は酒を買いに外出。家の奥から「ガチャガチャ」と刃物を研ぐ音が聞こえた。
曹操は「殺される!」と思い込み、呂伯奢の家族を**全員殺した。**
だが、研いでいたのは豚を捌くための包丁だった。家族は曹操をもてなすために豚を準備していたのだ。
曹操は事実を知った。
「……しまった」
そして帰ってきた呂伯奢も殺した。
同行していた陳宮が絶句した。
「間違いだったのに、なぜ主人まで殺すのですか!」
曹操はこう答えた。
**「俺が天下の人に背くとも、天下の人に俺を背かせはしない」**
三国志演義で最も有名な台詞の一つ。そして**最もドン引きされる台詞**でもある。
要するに「殺し間違いだったけど、生き残りが復讐に来たら面倒だから証人も消す。俺は裏切られるよりは裏切る側でいる」という、清々しいまでの**クソ野郎宣言**である。
だが――この男は同時に、部下を大切にし、敵の才能すら認めて登用し、荒廃した中原を立て直し、北方を統一するのだ。
曹操の矛盾。それが三国志の面白さの核心でもある。
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### 第八章 ~ 劉備の放浪記 ~ だいたい泣いてる ~
一方、我らが主人公・劉備。
この時期の劉備の履歴を見てみよう。
1. 黄巾の乱で戦う → ショボい役職 → 張飛が上司をしばいて逃亡
2. 各地を転戦 → 公孫瓚に身を寄せる → 陶謙から徐州をもらう
3. 呂布に徐州を奪われる → 曹操に身を寄せる
4. 曹操から逃げる → 袁紹に身を寄せる → 袁紹が負ける
5. 劉表に身を寄せる → 荊州でニート
**身を寄せすぎ。**
劉備の前半生は「身を寄せる」「泣く」「逃げる」の三つで構成されている。
だがここで重要なのは、**行く先々で人望を獲得している**ということだ。
徐州の陶謙は死の間際に「劉備殿に徐州を継いでほしい」と遺言した。劉備は泣いて断った。三回断ってようやく受けた。
曹操のもとにいたときも、曹操は劉備の器の大きさを見抜いていた。
有名な**「煮酒論英雄」**のエピソード。
曹操は劉備と酒を飲みながら言った。
「天下の英雄は、君と俺だけだ」
劉備は**箸を落とした。**
「ちょ、曹操さん、それ冗談きついっすよ~」
ちょうど雷が鳴ったので、「雷にビックリしただけです」とごまかした。
曹操は「なんだ、雷が怖いのか」と笑って警戒を解いた。
――いや、**騙されんな曹操。**
だがこの「自分を小さく見せて生き延びる」能力こそが劉備の真骨頂だった。
劉備は曹操のもとを離れ、荊州の劉表に身を寄せた。
そこで数年間、ほぼニートだった。
ある日、厠から出た劉備は自分の太ももを見て泣いた。
「太ももに肉がついてしまった……馬に乗って戦場を駆け回っていた頃は引き締まっていたのに……俺は何をやっているんだ……」
**「髀肉の嘆」**。
太ももの脂肪を見て泣く男。だがこの嘆きが、次の大転換点への布石になる。
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### 第九章 ~ 三顧の礼 ~ ニート訪問を三回やる執念 ~
劉備のもとに、ある情報がもたらされた。
「荊州の隆中に、とんでもない天才が隠れ住んでいる」
名前は**諸葛亮**、字は孔明。
自称**「臥龍(がりゅう=伏せている龍)」**。
二十七歳。無職。草庵で読書しながら天下を論じるのが趣味。
現代で言えば**「実家暮らしで政治評論ばかりしている高学歴ニート」**である。
だが周囲の評価は異常に高かった。
**「諸葛亮を得る者は天下を得る」**
ここまで言われたら行くしかない。
劉備は関羽と張飛を連れて、諸葛亮の草庵を訪ねた。
**一回目**:留守。
「いないの?」
「お出かけ中です」
「……帰ります」
**二回目**:また留守。しかも真冬。雪が降っている。
「また留守!?」
張飛がキレた。「兄者、もういいでしょう! たかが百姓の小僧一匹に、なんで二回も足を運ぶんですか! 縄で縛って連れてくりゃいいんだ!」
「黙れ張飛」
**三回目**:いた。……が、昼寝中。
「お昼寝中です」
「待つ」
「兄者!! もう火つけましょうよこの小屋に!!」
「黙れ張飛」
劉備は雪の中、草庵の前で何時間も立って待った。
ようやく目覚めた諸葛亮は、庵の前にずぶ濡れで立っている中年のオジサン(劉備・47歳)と、横でプリプリ怒っている大男二人(関羽・張飛)を見た。
「……どちら様?」
「劉備です。あなたに天下の計を聞きたい」
こうして始まった会談で、諸葛亮は**「天下三分の計」**を披露した。
内容を要約すると:
「曹操は強すぎるので正面からは無理。孫権は江東で三代の基盤があるので同盟相手。あなたはまず荊州と益州を取りなさい。そうすれば天下を三つに分けて、曹操に対抗できます」
**天下三分の計。**
つまり「一位は無理だから三位を目指しましょう」というリアリスト戦略。
劉備は泣いた(また泣いた)。
「先生、俺についてきてくれますか」
「三回も来られたら断れないでしょう」
こうして**ニートがニートをスカウトした。**
だがこの出会いが、三国志の歴史を決定的に変えることになる。
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### 第十章 ~ 長坂の戦い ~ 趙雲が一人でバグってる ~
諸葛亮を得た劉備。だが状況は最悪だった。
曹操が大軍を率いて南下してきたのだ。目標は荊州、そしてその先の江東。
劉表は死に、その息子は戦わずして曹操に降伏。劉備は荊州を追い出された。
しかも劉備は逃げる際に、荊州の民衆十数万人を一緒に連れて逃げた。
「この民を見捨てられない……!」
いい人すぎる。だが軍事的には**自殺行為**。十数万の民間人を連れた行軍は亀の歩み。曹操の精鋭騎兵団はすぐに追いつく。
案の定、**長坂**で追いつかれた。
劉備軍は壊滅。劉備自身もかろうじて逃げるのが精一杯で、妻子とはぐれた。
ここで二人の男が歴史に名を刻む。
まず**趙雲**、字は子龍。
劉備の護衛隊長にして、三国志屈指のイケメン武将。
趙雲は単騎で曹操の大軍の中に突入した。
目的は、はぐれた劉備の妻子を救出するため。
**一人で。曹操軍数十万の中に。**
正気ではない。
趙雲は劉備の妻・甘夫人を見つけて安全な場所に送り、次に幼子・**阿斗(あと=後の劉禅)**を抱いた糜夫人を見つけた。
糜夫人は傷を負っており、「この子を頼みます」と言って井戸に身を投げた。
趙雲は阿斗を鎧の中に抱え、再び曹操軍の中を駆け抜けた。
曹操軍の武将を**一日で五十余名斬り殺し**、単騎で生還。
赤ちゃんを抱えて。
これが**「趙子龍、単騎で主を救う」**。三国志演義最大のアクションシーンの一つである。
阿斗を受け取った劉備は――
赤ん坊を**地面に投げつけた。**
「この子のせいで、大事な将を失うところだった!」
**いやいやいやいや。**
趙雲は慌てて阿斗を拾い上げ、泣きながら跪いた。
「主君のためならこの命、惜しくありません!」
名場面だ。感動的だ。だが阿斗を投げるのはどうなんだ。
(なお「劉備が阿斗を投げたのは趙雲の忠誠心をさらに固めるための演技」という解釈がある。だとしたらこの男、**赤ちゃんを政治的小道具に使ったことになる。**どっちにしろひどい。)
次に**張飛。**
趙雲が生還した後、追撃する曹操軍の前に張飛が立ちはだかった。
場所は長坂橋。
張飛は橋の上に仁王立ちし、蛇矛を構え、**絶叫した。**
**「我こそは燕人張翼徳なり! 死にたい奴はかかってこい!!」**
あまりの迫力に、曹操軍の先鋒は**馬ごと後ずさり**した。
一人は恐怖で**落馬して死んだ。**
叫んだだけで人が死んだ。もはや音圧攻撃である。
曹操軍は撤退。張飛は一人で大軍を止めた。
だが張飛はこの後、橋を壊して去った。
「橋を壊したということは、兵が少ないのだ」と曹操に見破られる原因になった。
**惜しい。九十九点の活躍を、最後の一点で台無しにする。**それが張飛という男である。
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### 第十一章 ~ 赤壁の戦い(前編)~ 諸葛亮のプレゼン力 ~
長坂の戦いでボロボロの劉備。
残る希望は一つ。**孫権**との同盟。
江東を支配する孫権のもとに、諸葛亮が単身で使者に向かった。
だが孫権の陣営は「降伏派」と「抗戦派」で割れていた。
降伏派の筆頭は文官たち。彼らの論理は明快だった。
「曹操は八十万の大軍(実際はもっと少ないが盛ってる)。勝てるわけがない」
諸葛亮は降伏派の文官たちと論戦した。
**「舌戦群儒」**。
一人対複数の学者たちとのディベート。諸葛亮は一人ずつ、理路整然と論破していった。
「曹操が強い? 赤壁では水軍が要。曹操の兵は北方出身で船に慣れていない」
「降伏すれば安全? 孫家は三代にわたって江東を守ってきた。降伏すればその名声は地に落ちる」
「曹操が百万いても中身は寄せ集め。精鋭は少ない」
降伏派、全員沈黙。
そして決定打。諸葛亮は孫権に直接会い、こう言った。
「あなたが降伏する気なら、さっさとすればいい。劉備は漢の皇室の血筋。降伏だけはしない」
孫権のプライドに火がついた。
「降伏など!」
テーブルの角を剣で斬り落とし、宣言した。
「降伏を口にする者は、このテーブルと同じ目に遭うと思え!」
**テーブル、いい迷惑。**
こうして**孫劉連合軍**が結成された。孫権側の総司令官は**周瑜**。
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### 第十二章 ~ 赤壁の戦い(中編)~ 計略のフルコース ~
赤壁の戦いは、三国志演義のクライマックスであると同時に、**計略の見本市**である。
出てくる計略を順番に見てみよう。
**① 蒋幹の手紙事件(反間の計)**
曹操は旧友の**蒋幹**を周瑜のもとにスパイとして送り込んだ。
蒋幹は周瑜と飲み明かし、周瑜が「酔って寝た」隙に机の上の手紙を盗み見た。
手紙には、曹操軍の水軍司令官・**蔡瑁**と**張允**が裏切りを計画していると書かれていた。
蒋幹は大喜びで曹操に報告。
曹操は激怒して蔡瑁と張允を即処刑。
――だが、その手紙は**周瑜が仕込んだ偽物**だった。
曹操は自軍の水軍の専門家を自分の手で殺してしまった。
**これが反間の計。**
曹操は後で気づいた。
「……やられた」
だが今さら「ごめん、間違いでした」とは言えない。メンツの問題である。
**② 苦肉の計**
次に動いたのは**黄蓋**。孫権軍の老将。
黄蓋は周瑜に「降伏したい」と申し出た。周瑜は怒ったフリをして黄蓋を**杖で百叩き**にした。
黄蓋は瀕死の状態で曹操に密書を送った。
「周瑜にこんな酷い目に遭わされた。降伏させてくれ」
曹操は信じた。あれだけ打たれたのだから本物に違いない。
――だがこれも**芝居**。
**苦肉の計。** 味方を本気で痛めつけて、敵に「本物の裏切り」と信じさせる。
黄蓋のおじいちゃん、本当に百叩きされたのに。すごい根性である。
**③ 連環の計**
曹操軍の弱点は船酔い。北方出身の兵は揺れる船に耐えられない。
そこで**龐統**が曹操に「船を鎖で繋げば安定しますよ」と助言。
曹操はこれを採用し、数百隻の船を鎖で連結した。
確かに揺れなくなった。だが鎖で繋がれた船は――
**逃げられない。**
これが連環の計。船を繋いで火攻めの標的にするための罠。
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### 第十三章 ~ 赤壁の戦い(後編)~ すべてが燃える ~
すべてのピースが揃った。
反間の計で曹操軍の水軍指揮官を消した。苦肉の計で偽りの降伏者を送り込む手筈を整えた。連環の計で船を繋がせた。
残る問題は一つ。
**風向き。**
赤壁の季節は冬。北西の風が吹く。つまり火をつけても火は南(自軍側)に向かう。
東南の風が必要だった。
ここで諸葛亮が言った。
**「私が東南の風を呼びましょう」**
――は?
三日三晩、祭壇の上で祈祷。
そして本当に**東南の風が吹いた。**
これは演義のフィクション(実際には冬でも稀に東南の風が吹くことはある)だが、物語的には**諸葛亮が天候すら操る超人**として描かれる名場面だ。
建安十三年(208年)冬。
黄蓋は火船を率いて曹操軍に突入。「降伏する」と近づいておいて――
**全船に火を放った。**
東南の風に乗って、火は鎖で繋がれた曹操軍の船団を一瞬で飲み込んだ。
赤い壁のような炎が長江を染めた。
**赤壁。**
曹操軍は壊滅した。
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### 第十四章 ~ 華容道 ~ 関羽、空気を読んでしまう ~
大敗した曹操は、わずかな手勢を連れて陸路を逃げた。
諸葛亮はこの逃走ルートを完全に読んでいた。
要所要所に伏兵を配置。趙雲、張飛が次々と曹操を追い詰める。
そして最後の関門。**華容道**。
そこに立っていたのは、**関羽**。
曹操は絶望した。満身創痍の数十騎で、関羽の前を突破するのは不可能。
だが曹操は最後の手を打った。
「関羽殿。かつて私はあなたを厚遇した。赤兎馬を贈り、将軍の位を与え、義をもって遇した。その恩を……忘れたとは言うまいな」
**恩義カード。**
関羽は義の人だった。恩を受けたら必ず返す。それが関羽のアイデンティティ。
関羽の脳内で、葛藤が起きた。
(任務としては、ここで曹操を斬るべきだ)
(だが曹操には恩がある……)
(でも軍令状に署名した。曹操を逃したら自分の首が飛ぶ……)
(でも……)
**関羽は道を開けた。**
「……行け」
曹操は涙を流しながら華容道を駆け抜けた。
関羽は義に殉じた。たとえ軍令違反であっても。
これが**「義絶」**――義の極致と呼ばれる関羽の生き様。
帰還後、諸葛亮は軍法通り関羽の処刑を命じた。
だが劉備が泣いて助命を嘆願。
「桃園で誓った義兄弟を殺すくらいなら、俺が先に死ぬ!」
**また泣いた。**
結局、関羽は許された。
なお、実は諸葛亮はこうなることを**最初から読んでいた**という解釈がある。
曹操をここで殺すと、北方が混乱し、孫権が一人勝ちする。劉備にとっては曹操が生きていたほうが都合がいい。
だから「関羽なら情に負けて逃がすだろう」と見越して、わざと関羽を華容道に配置した。
もしこれが本当なら、諸葛亮は**関羽の性格すら計算に入れた**ことになる。
天才、というより**怖い。**
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### エピローグ ~ 三つに分かれる天下 ~
赤壁の大勝利により、曹操の南下は阻止された。
天下の形勢は決定的に変わった。
**北に曹操。** 中原を支配する最大勢力。赤壁の敗北で南進は断念したが、いまだ最強。
**南東に孫権。** 長江以南の江東を支配。赤壁の勝者として地盤を固める。
**そして――荊州の一角に、劉備。**
まだ弱い。まだ小さい。だが、諸葛亮という頭脳を得た。
天下三分の計は、まだ始まったばかりだ。
ここから劉備は荊州を足がかりに益州(現在の四川)へ進出し、ついに**蜀漢**を建国する。
曹操は**魏**を、孫権は**呉**を建国し、三国鼎立の時代が幕を開ける。
だがそれは――中巻の話。
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**――上巻・完――**
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*次巻予告:*
*荊州を巡る泥沼の争い。関羽の最期。劉備の復讐戦。そして諸葛亮、北伐へ――。*
*涙と怒りと、たまにギャグの中巻、お楽しみに。*




