閑話「副支部長ドーレマン」
直属の部下を自らの手で始末した日から二日。
ドーレマンはほとんど眠っていなかった。
自分の監督不行き届きの責任は重い。
だが、頭を下げて終わりにしていい段階は、もうとうに過ぎていた。まだ街の中に残っている線と、そこに噛んでいた人間を洗い出す方が先だ。
保護した子どもたちの引き渡しを終え、逃走路の当たりをつけて警備隊を派遣し、押さえた倉庫と関係者の身元を明らかにする。
そこまで片づけたところで、今度は領主館へ呼ばれた。顔を洗う暇もなく外套だけ整えて石段を上がる。
通された部屋には領主とその補佐官、それから書記が二人いた。机の上には荷札、送り状の控え、東門の通行許可の写しが広げられている。
「今回の東門の件、街として握り潰す気はない」
「はい、ありがとうございます」
「ただし、お前が出す報告書次第だ。関わりのある全てのことを調べ直す必要があるだろう」
「はい、承知しました」
補佐官が腕を組む。
「それで、逃げた斧の男はどうなった?」
「バビルは例の旧関所のさらに北側へと抜けたようです。昔の交易路を辿ったのでしょう」
「なぜ追わなかった」
「追えばこちらの死体が増えていただけです。それに冒険者の聞き取りから、ヘキサメアに乗っていたと聞いております」
ヘキサメアは三日三晩は走り続けても疲れを知らないことで有名なCランクの魔物だ。
魔道具などで無理やり使役する以外では馴らす方法はなく、そもそも気性がかなり荒いため使役しているといっても注意が必要な魔物でもある。
ドーレマンは続けた。
「相手は元Bランク冒険者です。正面から受ければ崩され、囲っても溶かされる。若い冒険者と警備隊をそのまま差し向けていい相手ではないでしょう。現地では捕まっていた子どもの保護と中継地点の確保を優先しました」
補佐官の目が細くなる。
「その中にいた内通者がサムだな」
「はい」
「お前の直属の部下の――サムだったな」
「その通りです」
「なら、ギルドの腐敗もお前の目の前で育っていたことになる」
「はい。見抜けませんでした。そこについては私の責任です」
ドーレマンは言い訳をしなかった。
補佐官は低く言った。
「結果として子どもを値札で判断する男を、お前の傍へ置いていたというわけだろう」
「⋯⋯その通りです。だからこそ、私自身の手でサムを始末しました。――ですが、それだけで落とし前がついたとは思っていません。支部長が戻り次第、私の責は私が負います」
そのうえで、ドーレマンは視線を上げた。
「そして、今回洗うべきは外へ逃げたバビルだけじゃありません。東門で起こっていた一連の事件もです。倉庫や通行許可、そこに噛んでいだ人間を全て拾う必要があります。もちろん、ギルドの中も例外なく洗います」
領主は机の荷札を指で叩いた。
「よし、役割を分けろ。補佐官、お主は門や関所の通行許可、倉庫の出入りを調べて押さえろ。もちろん門番と倉庫番も洗え。必要な写しはドーレマンへ回せ」
「わかりました。すぐに手配いたします」
「ドーレマン、お前はギルドの受付記録、例の倉庫へと繋がる人間、そしてサムが行っていた全ての仕事とその関係書類を洗い直せ」
「承知しました」
そこで領主が話を戻す。
「現場へ入った冒険者は」
「最初に枯れ道へ行き着いたのは三人です。位階は0から2。まだ冒険者ランクも低いパーティです。そこへEランクパーティの三人組と、Cランクのソロ冒険者のガイールが後から加わりました」
「最初の三人が生きて帰ったのか」
「はい」
領主の目がわずかに細くなる。
「ランクと実力が釣り合っていないということか。見直しをかけろ」
「承知しました」
「それで、死んだ狼紋の男がガイールか」
「はい。ガイールの働きは私も知っておりました。そのため、あの場で動けそうな冒険者にはすぐ指名依頼を出したのです。私的に親しかったわけではありません。ですが、ギルドとしては大きな借りができました。あの男があの場で前へ入らなければ、今回生き残った三人は皆、死んでいました」
領主は短く頷いた。
「わかった。ガイールには特別功労金と弔慰金を出そう。家族はいるのか」
「近しい身寄りはいないと聞いております」
「なら、葬送と墓の費用は街で持つ。功労金はギルドで預かれ。遺品の扱いはお前の方で詰めろ」
「はい、わかりました」
「こちらは補佐官と警備隊長も動かす。お前もしっかり調べ直せ。期限は五日間とする」
「ありがとうございます。承知しました」
その日の昼。
副支部長の部屋には書類の山がいくつもできていた。机に上にも床にもどんどん積まれていく。
警備隊から回された書類、通行許可の控え、押収した送り状の書き写し、それにギルド側の受付記録やサムの仕事に関する書類。
入ってきた若い職員が抱えた書類の束をさらに机へ置いた。
「副支部長、こちら東門の宿の利用記録です」
「わかった。例の荷馬車の通行許可が出た日付だけ先に抜いてくれるか」
「この送り状、塩樽十二って書いてあるのに重量が合いません」
「翌日の控えを出せ。数を減らした日に限って門の記録が薄いはずだ」
部屋の空気は湿っていた。
窓を開けても人の汗と墨の匂いが抜けきらない。
机の端では、照合の終わった控えから順に紐で束ねられていく。
五日目⋯⋯報告書がようやく形になる。
東門の中継地点。
保護した子どもたち。
内通者のサムについて。
競り場支部との繋がり。
逃走した斧使いバビル。
関係した冒険者。
そして、死者一名。
そこで筆が止まった。
報告書はまとまった。
ヴァレスタのギルドの副支部長として、自分にできることはこれでもうほとんどなかった。
ドーレマンはそのまま、自身の名を署名した。




