第28話
「待って!」
先頭のイスカが急に止まり、反射的に声のした方へ顔を向けた。
岩の陰から大盾使いのボルナが滑り出てくる。
周囲の森の中から、パルとニケも順番に姿を見せた。あの三人組パーティだ。
「ギルドの副支部長から北門の外の辺りで待てって言われたんだ。君たちが戻るならここを通るだろうってさ」
ボルナがそう言う横で、ニケが僕らの顔を見た。
「戻ってきたってことは⋯⋯敵の数が多いってことだね。この人数ならいける?」
「外に二人、倉庫の中にも四人います。それに攫われた子どもが最低でも三人」
イスカの返事は早かった。
「こっちは今のところ⋯⋯これで六人か。副支部長が他にも声をかけるとは言っていたが、まだ来ていないみたいだな」
パルが周囲を見渡している。
大盾の位置を直したボルナが冷静な声で言った。
「それで戻る? それとも……」
「ここからギルドまで戻って報告するには時間がかかりすぎる……どうするか」
パルが一歩前に出てくる。
「捕らわれた子どもたちの命がかかっているんだろ? じゃあ俺たちも命をかけるときだ」
ここにいる皆の意志は一つだった。
ニケがすぐに一歩前へ出た。
肩へ掛けていた短弓を背へ戻し、胸元へ指を当てる。細く息を吸った次の瞬間、小さな雀が弾けるように飛び出した。
「――副支部長に伝えて。捕らわれた子どもがいる。敵は違法な人身売買で子どもを押さえてる。場所は枯れ道の先の倉庫。私たちは今から合流して踏み込む――そのまま伝えて」
雀たちは一度だけニケの指先へ嘴を寄せると、すぐに夜気を切って舞い上がる。返事みたいに短く鳴いた後、屋根の上を飛んで、一気に街の方へと消えた。
ニケはその先を一瞬だけ見てから、こちらへ振り返る。
「これでギルドには届く。緊急だって分かれば、副支部長も動くはず」
パルが頷いた。
「よし、行くぞ。連絡が届く前に終わらせる気で動く!」
僕らはそのまますぐに引き返すことになった。
つい先ほど三人で潜った道を、今は六人で音もなく抜けていく。
倉庫まであと少しといったタイミングで、一度止まってから計画の最終確認をした。
「まだ相手にバレていないなら、奇襲を受けるとは思っていないはずだ。外の見張り二人の対処と子どもたちの逃げ道の確保は、俺たちのパーティでやる」
「敵も奇襲を受けたら、逃げる奴もでるかもしれないね。⋯⋯とすれば、荷馬車を使う可能性も少しはあると思うから、道を通れないようにするよ」
ボルナが力だけはあるからと、力こぶを作って笑ってみせる。
「ニケは上から見張ってくれ。全体の準備が整ったら合図を頼む。逃げる奴がいたら弓で狙撃しろ。俺が《伏糸》を張って援護する」
「おっけー、任せて!」
ニケが先にこの場から離れる。崩れた門柱を足がかりに一気に駆け上がり、傍の大木に登るとそのまま闇に溶けた。
「ボルナは荷馬車を一応使える位置に移しておいてくれ。その後、道を軽く塞いだらアトルたちが子どもを救出するまで待機。倉庫からの救出後は、全力で子どもたちを守れ」
「りょーかい!」
ボルナは隠されている荷馬車の方に走って行った。
パルは二人に指示をとばした後、最後に僕たちの方へ目を向けた。
「⋯⋯そっちはより危険だ。頼むぞ」
「了解」
僕は二人に向き直る。
「パルたちが攻撃したら、イスカはその隙にあの狭い隙間を通って裏口から侵入する。僕とリナは前の搬入口から行くぞ。中に入ったら、捕まっている子どもたちが最優先だ。もし敵が邪魔をしてくるなら、その場で止める。臨機応変に行く必要があるから、大まかな役割だけ決めて互いにフォローし合おう」
二人とも短く頷いた。
「イスカは偵察、敵の注意を引き付けてくれ。リナは《解読》で罠を見ながら子どもたちを縛っているものがあれば《解綻》を。僕は二人の動きを見ながら、敵を食い止めることに集中する」
イスカが背中へ手を回して、外套の影に沿っていた細い鞘から細剣を抜いた。
月明かりを拾って、その刀身だけが白く光る。
「そんな剣を持ってたんだな」
「はい、今日は使いそうなので。それより、先ほどアトルって呼ばれてましたね? 間違って覚えられてしまいましたか?」
「いや、いろいろあって、今は偽名で動いていたんだ」
「⋯⋯私も偽名、ほしいです。前から少し思っていました」
「私はミナ。あまり自己紹介することがないから、いまだに慣れないけど」
「僕も慣れない。⋯⋯それで、イスカはどんな偽名がいいんだ」
「背が高そうな名前がいいです」
「そんなので背は伸びない」
「⋯⋯。私は先に行って異常がないか見ておきます」
受け入れられないと言わんばかりに、それだけ言って一歩前へ出た瞬間、イスカの輪郭がぶれた。
周りを見渡すと、すでに倉庫の裏側の影へと移っていた。
速すぎる。
速度だけなら、狼紋のガイールの《狼走》や雷紋のシヴァの移動速度よりも速くて視えない気がする。
僕とリナも可能な限り、倉庫側に寄っておく。
こちらの準備はできた。パルたちはどうだろうか。
相手はまだ気づいていない。
夜も遅いためか、倉庫の前では男たちが気を抜いていたそのとき、上の方から鳥の鳴き声に似た短い音が落ちた。ニケの合図だ。向こうも準備が整ったようだ。
次の瞬間、さっきまで搬入口の裏にいた二人の姿は声もなく見えなくなった。
代わりに、正面側から鈍い衝突音と押し殺した呻きが続けて微かに聴こえた。
イスカが隙間を超えて裏口へ回る間に、僕とリナは目の前の搬入口へと急ぐ。
半ば開いていた搬入口の扉へ辿り着いたところで、リナが鎖を低く伸ばし、内側から垂れていた簡易の留め具をそっと引き上げた。切れば気づかれる。だが、ずらすだけなら音はほとんど出ない。
僕が扉を押し込んで入ると、中はあまり広くなかった。
薄暗い倉庫だ。
まず見えたのは、木箱と粗い棚の間の奥に、縄でまとめられた子どもが三人、口元まで布を巻かれたまま縮こまっている姿だった。
中にいたはずの四人の男たちは、裏口へ回ったらしい。
子どもたちとは別の方向から、男たちの怒鳴り声と椅子を蹴る音が聞こえてきた。
「大丈夫。今、解くから。動けるならついてきて」
リナは迷わずしゃがみ込み、《解綻》で結び目を解いていく。
僕は子どもの口から布を外してやり、一人目の体を支えた。
年下だが、僕たちとそれほど見た目は変わらないくらいの年齢だ。
子どもは肩を震わせたが叫ばない。声を出す余力も残っていないのかもしれない。
「お前ら、こっちにも来てるぞ!」
奥の木箱の影から飛び出してきたのは、痩せた男だった。
背は低いが足が速く、腰の短剣を抜いたまま子どもたちの方へ一直線に走ってくる。
「行かせないです」
僕が踏み込むより早く、イスカがその前へ滑り込んでいた。白く走った細剣が男の短剣を払って弾き、そのまま切っ先が喉元の下でぴたりと止まる。
「動かないでください」
男の体がその場で固まった。
目だけが忙しなく泳いだが、その隙にリナは二人目、三人目と縄も解除する。
逆方向から現れた大柄な男が短槍を持って突っ込んできたため、僕は右手に着けた黒鉄の小手のまま、敵の鳩尾を殴りつけた。
息を詰まらせたところで、さらに両手で後頭部を叩き付けた。
男はそのまま前へよろめき、地面に倒れ込んで意識を手放した。
「外の二人は捕まえたぞ! 援護に回る!」
辺りの怒声へ重ねるように、倉庫の外からニケの鋭い声が聞こえた。
ここにいる子どもたちを外へ逃がして、パルたち三人と合流しよう。
イスカに細剣を突きつけられたまま固まっていた男が突然、身を翻して逃げた。搬入口から飛び出した男は一瞬で繭のように糸を巻かれ、縛り上げられた。
「気をつけろよ、動くともっと締まるぞ」
静かな声とは裏腹に糸は容赦なく食い込んでいる。
痩せた男や短槍の男にも糸が飛び、崩れた姿勢のまま足首と腕をまとめて床の上で拘束していく。
「子どもたちは荷馬車に乗せて、街へ戻る?」
リナの声に僕とパルがすぐ倉庫の中へ入り、子どもに肩を貸したり、足に力が入るかだけを確かめた。
ようやく三人とも立てた。
顔色はひどく悪いが、歩けないわけではないようで一先ず安心した。
「よかった。早く帰るぞ。捕まえた連中は木にでも括り付けて、あとでギルドに回収依頼を出そう」
パルがそう言った瞬間だった。
馬が嘶く声が鋭く響き渡る。
重い足音がゆっくりこちらへ近づいてきていた。




