第26話
ギルドは夜ということもあり、かなり静かだった。
受付に近い長椅子には査定待ちの冒険者が二人、食堂の奥からは笑い声が少しこぼれてくる。
受付の職員が顔を上げた。
「どうしましたか?」
「副支部長に急ぎで話がある」
そう言うと、職員は僕ら三人の顔を一度見ただけで察したのか、奥へ引っ込んだ。
少しして副支部長室の扉が開いた。
「入れ」
低い声に呼ばれて、僕らは中へ入る。
ドーレマンは机上の書類を閉じながらこちらを見た。僕ら三人に視線を巡らせてから、イスカで止まる。
「……イスカか」
名を確認して、小さく頷いた。
「噂は聞いている。先行偵察や追跡――時間との戦いになる依頼をソロでこなしているDランク冒険者だな」
そこでもう一度、イスカの方を見た。
イスカは少し驚いたような、それでも無表情の顔で黙っている。
「⋯⋯Dランクは中級冒険者だ。数もかなり絞られる。ギルドとしても、ヴァレスタにいるやつなら顔と名前くらいは把握してる」
リナが思わず声を漏らした。
「え、イスカってDランクなの?」
「ええ、そうですが」
イスカはいつもの無表情で返す。
「……でも、そんなに驚かれると少し傷つきます」
ドーレマンが机を軽く叩く。
「それで……急ぎの話っていうのは何だ? 東門の件がもう動いたのか?」
僕は懐から書類を出して、机の上へ置いた。
最初の一枚を見た瞬間、ドーレマンの目つきが変わる。
―――
『紋章鑑定証』
―――
何も言わずに一枚、二枚と目を通す。
読み方は速いが、雑ではない。必要なところだけを順に拾っているのが分かる。
やがて、低い声が落ちた。
「……前に言っていた保管庫、そしてその証拠だな」
「ああ」
「子どもを運んでた。鑑定済みと未鑑定で分けて、送り先まで決めてる」
「競り場の流れとほぼ同じ、か」
ドーレマンは机の端に積まれた帳面へ一度だけ目をやった。
「一週間分の記録はすでに洗った。夜間通行の控えも、保管庫まわりの記録も、揉め事の報告も、全部拾ってある。だが、いくつかずれは見つかっても、それだけでは決め手にならなかった」
そう言って、机の上の鑑定証を指で押さえる。
「これで繋がったな」
次に連絡用の紙へ視線を落とす。
「競り場の『支部』……そして『枯れ道』……か」
しばらく黙って見ていたが、やがて机へ戻した。
「受けと運びを分けているな。表の道は使わず、いったん人目から外して支部へ運び入れる。そのために通る道が、この『枯れ道』ってことか」
イスカが小さく頷いた。
「その名前で呼ばれているかは分かりませんが、北門を抜けた街外れに古い山道があります。昔の関所へ続いていた道らしいのですが、今はほとんど使われていないと聞いたことがあります」
「⋯⋯たしかにある。ただ、あそこの山道は狭いし、地面もかなり荒れているだろう。荷馬車を通すには厳しいはずだが……」
「あの荷馬車は、普通のものよりかなり車体が細かった。それに、動いているときに聞いたことのない音がしていた。何かそういう道を通すための仕掛けが付いているのかもしれない」
僕は、東門付近の狭い通路を抜けていった荷馬車の姿を思い出しながら言った。
「なるほど、あえてその道を使ってるのか」
ドーレマンは立ち上がって、扉を開けに行くとサムを呼び出す。しかし、返事がない。
他のギルド職員もいつの間にか今日は外へ行ったと話しているのが聴こえてきた。
「……今日はもう上がったのか。調べさせていた資料がまだ来ていない」
独り言みたいな低い声だった。
「……このタイミングで連絡なく姿が見えないというのは、あまり気分のいい話じゃない」
それ以上は言わなかったが、その声音は重いものだ。まだ断定はしていないが、見過ごしていい話じゃないと分かっている声でもあった。
僕は今後について尋ねる。
「僕たちはどう動けばいい?」
「俺はギルドの中を押さえる。東門周りや保管庫の記録、競り場の支部に関する情報、そしてサムの所在――全部洗い出してまとめていく」
そこで、僕ら三人を順に見た。
「だが、外の線までは手が回らん。もたつけば、勘のいい連中から先に消えてしまうだろう」
机上の書面に書かれた『枯れ道』の文字を指で押さえる。
「お前たちはこっちだ。今夜のうちに、街の外――まだこの『枯れ道』とやらが生きてるのかを調べてほしい」
リナが少し身を乗り出す。
「今夜もそこが使われてるかどうかってこと?」
「……うむ、そうだ」
ドーレマンは頷く。
「今も使われているなら、痕跡が必ずある。向こうが書類の不足に気づく前に、その線だけは押さえなくてはならん。その道の所在の裏が取れれば、ギルドと領主の警備隊を回す手配ができるだろう」
イスカが静かに言う。
「⋯⋯『枯れ道』の見当はある程度ついていますが、もし違ったときはすぐにこちらへ戻ってくるようにします」
「あぁ、頼んだぞ」
ドーレマンは一度ため息のような息を吐いた。
「⋯⋯もし正しかったときは、その支部へ踏み込めとまでは言わん。動きがどこまで伸びてるかだけでも持ち帰ってくれ。危険だが……お前たちならできるはずだ」
「あぁ、分かった。やれるところまではやる」
「ただ、Dランクのイスカがいようとも流石にリスクが高い。命の危険もあるだろう。だから動けそうな冒険者には俺がすぐに指名依頼を出しておく」
ドーレマンが続ける。
「バックアップとしての見張りや緊急事態に対応できる実力のあるやつも必要かもしれんな。だが、大きくギルドを動かしたと悟らせないようにしなくてはならん。……しかも信頼できて、今すぐ動ける冒険者となると……限られるな」
「誰に頼むの?」
リナの問いにドーレマンは短く切った。
「お前たちは今夜の目的だけを見ろ。余計な心配を増やさなくて良い。その代わり、こちらも責任を持って援助を送る」
ドーレマンは机上の書類をまとめ、自分の手元へ引き寄せた。
僕は一瞬だけ迷ったが、言質をとるために口を開いた。
「もし本当に競り場まで繋がってたら?」
「……必ず潰す」
ドーレマンは被せるように即答した。
「東門だろうが支部だろうが関係ない。この街で子どもを商品のように扱う流れがあるのなら、俺が止める」
その返答に迷いはなかった。
リナの目がわずかに揺れる。
全部を信じ切るにはまだ早いが、少なくともこの目の前の男は、僕たちと同じ方向を見ている。
そう思える言葉だった。
「……行こう」
ドーレマンは最後に自分の意志を確かめるように言う。
「……サムは俺の直属の部下だ。責任を持って対処する」
僕らは頷いた後、振り返らずに副支部長の部屋を出た。
廊下はさっきよりさらに静かだった。
受付前を通ると夜番の職員がこちらを見たが、何も聞いてこなかった。
ギルドの建物から外へ出た途端、夜の冷たさがまた体に染みた。
イスカが立ち止まり、北側の街外れの方角を見ている。
「……間に合わせましょう。あの道は隠すには向いてますが、造り自体はかなり悪いです。だからこそ、使うと痕跡が残ります」
「わかった、その痕跡を追おう」
僕らはギルドを出た足のまま、『枯れ道』へ向けて走り出した。




