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第22話

 

 馬の蹄と荷馬車の車輪が、石畳の上を静かに動く音だけが目立っている。

 だが、周りには荷馬車の護衛と僕たち以外に人間は見当たらなかった。


「……この後、どこへ行くんだ?」


「この先の保管庫です。そこまでは掴めているのですが、そこで何かをした後に、またどこかへ行ってしまいます」


「保管庫⋯⋯か」


「中まではまだ見ていません。おかしな動きをする荷馬車が目立つようになったのは、ここ最近のことなので、これ以上はまだ追えていません」


 ちょうど僕らがいる影の前を通り抜けていくとき、荷台の車輪あたりから音がした。

 金具同士が触れたような何かが噛み合っている音。

 以前よりも、それがはっきりと届いた。


 荷馬車の護衛たちは僕たちにはまったく気づいた様子もなく、細い通路のぎりぎりのところを進んでいく。


「……やはり怪しい。ただの荷ではない⋯⋯まさか――」


「⋯⋯あなたが想像している通りだと思います」


 荷馬車はそのまま、倉の壁に沿うように闇の中へ消えていく。

 僕たちは少し距離を空けて後ろをついていくと、その先には目立たない搬入口があった。


 その中へ、慣れた手つきで荷馬車を入れていく。


 荷台がすべて保管庫へ入り切るか否か――といったタイミングで、荷台の後ろがほんの少しだけ開いた。その隙間から、子どもの小さな足が見えた。


 一瞬だけだったが、見間違いじゃない。

 胸の奥が一気に熱くなる。


「⋯⋯子ども」


 僕が怒りを抑えながら口に出すと、イスカは荷馬車から目を離さないまま言った。


「⋯⋯はい。でも今日はここまでです」


「知ってたのか? なぜ助けない……っ!」


「ここで動いたらどうなると思いますか? 仮に荷台の中の人を助けられたとしても、あの荷馬車以外は止まりません」


 僕が思わず声を荒げてしまったが、イスカは小さな声ではっきりとそう返してくる。こんなときこそ、冷静にならなくてはいけない。


「確かにそうだ。すまない……」


「気持ちはとてもわかります。私もどうやって止めるかをずっと考えているんです。……お昼に荷札や書類が抜かれたり、荷を縛っている綱が切られたりしていたのを見ましたか?」


「ああ。実際に見た」


「あれが起きると、門番も街の人々も注意がそちらへ向きます。日中、人通りが多いときはそうやって気を逸らして動いているのでは? ⋯⋯そんなこじつけすらして考えてしまっています」


 僕は息を呑んだ。

 もしあの荷馬車が競り場と繋がるとすれば、ヴァレスタの街にもその裏で人身売買が行われていることになる。


「⋯⋯気付いたようですね。偉いです」


 イスカがしゃがんでいた僕の頭をそっと撫でてくる。

 まるで大人が子どもを褒める時みたいに。

 嫌ではないのだが、何だか少し馬鹿にされているような変な気分だ。


 今すぐ荷馬車の中の人を助けられないのは悔しいが、何かあれを根本的に止める方法を考えなくてはならない。


 ――どうすればいいのか。


「運ぶ側はここで終わりではありません。この後、さらにどこかへ連れていかれるようです」


 イスカは荷馬車をまま、小さく続ける。


「だから、今ここで助けても、また別の荷馬車が来るだけです。それに、この東門だけではないはず……別の入口やここのような拠点があるはずです。門番がスルーしていることから、組織的な犯行だと、私は考えています」


 僕は息を押し殺したまま、搬入口を見た。

 あの扉の向こうでは、僕らが競り場に運ばれたようなことが進んでいるのかもしれない。

 そう分かってしまった今、何もしないで引くのは心苦しかった。


 しかし、イスカの言っていることは正しい。


 止めるため――被害を抑えるためには、しっかりと計画しなくてはならない。失敗は許されないのだから。


「今日は、あなたにもこの事実を知ってもらいたかった。明日はこれがどこへ繋がっていくのかを探りましょう。……一人だとできなくて諦めるしかなかった――あなたに声を掛けて良かったです」


「明日は……あの保管庫の中に入るのか?」


「可能であれば。誰がいて、どこへ行くのか。中で何を行なわれているのか。そういった証拠を掴みたいのです……」


 やはりこの少女はすごい。

 しっかりと事実に即して、落ち着いて動いている。

 無理なときに衝動的に動かず、機が熟すのを待つ力がある。


 無表情に見えるが感情がないわけではない。

 おそらく、これを見ないふりをした過去があったのだろう。だからこそ、毎日のように動いているあの荷馬車を止めるため、ここへ残って待っていた。


「……分かった。明日また来る」


「はい、日が落ちる頃には来てください」


 イスカはそう言ってから、少しだけ僕の顔を見た。


「⋯⋯もう一人の方にも話しますか?」


 リナのことだろう。


「あぁ……話す。黙ってはいられない」


「そうですか」


 短い返事だった。

 だが、その声には少しだけ安心したような色が混じっていた。


「明日も連れてくるかどうかは、そのときに考える」


「それがいいと思います」


 しばらく経ってから搬入口が開くと、今度は中から似たような三台もの荷馬車が出てきた。


「……あれです。今日は三台もいる……。日によって台数はばらばらです。荷馬車の見張りに見つからず、あの数を一人で追うのは無理です。あとは、東門を通った荷馬車と数が合わないですね。やはり……」


「ギルドへ伝えるか?」


 僕が聞くと、イスカはすぐには答えなかった。

 搬入口の前を見たまま、少しだけ考えてから口を開く。


「今はまだ早いと思いますが、信頼できる人になら相談しても良いかとは思います」


「まだ証拠が足りないか」


「もちろんそれもありますが、それだけじゃありません」


 イスカは目を細めてこちらを見つめ直す。


「今日の出来事全て、東門の中だけでは収まらないです。このことをギルドが知らないとは思えないんです」


「じゃあ……ギルド内にも関係者がいるかもしれないってことか」


「はい。だから誰にどこまで話すかは、しっかり選んだ方がいいです」


 それは嫌な話だった。信じられそうなギルドの職員を考えていると一人浮かんできた。


「……ギルドの信頼できる人なら、少し心当たりがある」


「本当ですか?」


「絶対ではないが、一度様子を探ってみる」


「お姉さん的には計画は全面的に任せてほしかったのですが……わかりました。そちらはあなたにお願いします」

 

 僕たちは来たときよりも静かにその場から離れた。

 倉の壁沿いの細い道を戻り、灯りのある通りへ出る。さっきまでの暗がりの静けさが嘘みたいに、夜のヴァレスタはまだまだ賑やかだった。


 酒場の笑い声が聞こえる。

 遅い荷を運ぶ車輪の音がする。

 だが、そのすぐ横で、人が荷として運ばれている事実に不安が押し寄せる。


「では、私はここで」


「宿はどこなんだ?」


「……え、私の宿に来るのですか? 準備とかしてないんですが、えっと、どうしましょう……」


 ずっと無表情だったイスカのその焦りの混じった言い方に、少しだけ口が緩んでしまった。

 

「いや、違うから。ただちゃんと休んでほしいと思っただけだ。結構……服が汚れてたからな」


 イスカはきょとんとした顔でこちらを見る。


「なるほど……そういう意味ですか」


 少し間を置いてから、イスカは自分の全身を見下ろした。

 たしかに裾や袖のあたりに土埃がついている。壁際や細道ばかり通っていれば、そうなるのも当然だろう。


「今日は少し頑張り過ぎたかもしれません。お姉さんとしては、もう少しちゃんとしたところを見せたかったです」


 そこは譲らないらしい。

 イスカは外套の裾を軽く払ってから、小さく息を吐いた。


「宿はここから近いです。ですから、心配はいりませんよ」


「そうか、ならよかった」


「はい。……ですが、心配してもらえたのは、少しだけ嬉しかったです」


 言った後で少し顔を背けて息を吐いていた。


「私は戻りますね。明日に響くと困るので。では」


 そう言って横道へ消えていった。


 一人残された夜道に、少しだけ風が抜けていく。

 酒場の笑い声はまだ遠くで続いている。


 リナには全てを話すつもりだ。

 一人で抱える話じゃないし、隠したまま進める方がまずいだろう。


 だが、どのように伝えるべきかは少し考えた方がいい。

 今夜見たものを順番もなくそのままぶつけたら、競り場での自分や父親のことを思い出してしまうだろう。



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