第21話
夜も更けて来た。ギルドで討伐証明であったグリーンビーグの冠羽を提出し、依頼達成した後はそのまま宿に戻ってきていた。
宿の机の上には、グリーンビークの魔核が並んでいる。
今日の戦いにはちゃんと手応えがあった。リナも僕も前より一つ先へ進めている感覚はある。
だが、気持ちは何となく落ち着かない。
「抽出はどうする?」
リナが椅子に腰かけたまま聞いてくる。
「今やろうか。すぐ終わるし」
「グリーンビークの核ってどんな味なんだろ? 今までで一番綺麗な色」
僕らは机の端に抽出器を置き、宝石のような色の魔核を入れて操作する。
抽出時の光や音に少し遅れて、やや緑がかった雫が生成されていく。
「五羽分だけど、思ってたより少ないね」
「まぁ、Fランクだしな」
受け皿に溜まった紋滓は少しだった。
僕らはそれを順に分けて飲むが、リナには多めに飲んでもらう。
――青臭い。
いろいろな野菜を絞った苦い液体の味。
「⋯⋯まずい。色は関係ないんだね」
抽出器を軽く拭いて片づける。
そこでやっと一息つけた気がした。
今日の分は終わった――そう思いたいのに、僕の胸の中には東門のあの荷馬車のことが頭に残っていた。
リナは椅子に座ったまま、自分の手のひらを見ている。
疲れている顔をしているのに、少しだけ嬉しそうにも見える。今日の戦いで成果が出ていたのは、僕よりもリナの方だろう。
非戦闘職にも関わらず、空を飛ぶFランクの敵を、自分だけの力で倒しきったのだから。
「手はまだ痛いか?」
「少し赤くなってるけど、大丈夫だよ」
そう言ってから、リナは少しだけ目を細めた。
「アーテルは?」
言われて、僕も小手を外して右手を軽く握ってみる。
まだ腕の奥に熱が残っている。
今日はこの小手を装備した状態でも、『黒』に鋭さを伴わせて、しかも同時に飛ばすことができた。
だが、力の方向をコントロールすることがとても難しかった。今の段階では、同時に撃つ――《連牙》は、そう簡単に使える技じゃないことはわかる。練習あるのみだ。
「手の痛みは今はもう大丈夫だが、もっと撃つ方向の狙いをつけられるようにしないといけない」
―――――
その後は、少し遅いご飯として宿の食堂でスープとパンを食べた後、部屋でのんびりと今日の話をして過ごした。
グリーンビークの飛び方、鎖の伸ばし方、東門で出会ったイスカという少女のこと。
背は低く、顔もかなり幼く見えるのだが、精神的には落ちついているような印象が強かった。
そんな他愛のない話をしているうちに、リナの声はだんだんゆっくりと静かになっていく。
「⋯⋯ちょっと、眠い」
「今日は早く寝た方がいい」
「わかった…⋯」
疲れていたのだろう。
ベッドに横になったリナは、そのまま本当にすぐ寝てしまった。
僕はしばらくリナの寝息を聞きながら、ぼんやりと今日あったことを思い返す。
『日中に追っても、途中で人と荷に紛れて逃げられますよ』
イスカはそう言っていた。
知りたいなら夜に行ってみるしかない。
寝入ったばかりのリナを起こす気にはなれなかった。
様子を見るだけでも危ないかもしれないし、何かあった時には一人の方が逃げやすい。
僕はそっと立ち上がり、外套を羽織る。
小手は置いて朧差だけを腰に装備すると、音を立てないようにするりと部屋を出た。
―――――
東門が見える少し手前で、僕は歩く速さを落とした。
門はこの時間でもまだ荷馬車の出入りがある。ただ、日中と違って並ぶほどではない。
「一人なんですね」
背後から小さな声がして、僕は振り返った。
そこにいたのはイスカだった。
夜の灯りの下で見ても、見た目の幼さが際立っているが、その落ち着いた声や話し方で相殺されている。
「来ると思ってたのか」
僕が聞くと、イスカは少しだけ肩をすくめた。
「あの荷馬車に目をつけたなら、協力してほしいとは思っていました。もう一人は来ていないのですか?」
「あぁ、部屋で寝ていたから起こさずに来た」
「え、一緒のお部屋なのですか?」
イスカの声に一瞬力が込められた。
僕は少しだけ首を傾げる。
「そうだが」
「――そうですか」
返事はすぐだった。ただ、そのあとの間が少しだけ変だった。
「何だ?」
「いいえ。別に何でもありません」
言いながら、イスカは小さく咳払いをした。
「でも、一人で来たのは正解です。今日は人が多いと何かあった時に引きにくいので」
イスカはゆっくり僕の目を見てくる。
「⋯⋯あの子を置いてきたのは、危ないと思ったからですか?」
「それもあるし、今日はまず様子を見るだけにしたかったからな」
「そうですか」
今度の「そうですか」は、さっきより少し柔らかかった。イスカは東門の方へ目を戻す。
「こっちです。どこへ行くかは、正面から見ていても分かりません」
そう言って、イスカは門から少し外れた裏手の道へ入っていく。僕もその後ろを追った。
僕たちは倉の壁沿いを進み、角をいくつか折れると、そこだけがすっぽり影に入っていた。
明るいのは通り道の側だけで、こちらの壁際までは灯りが届いていない。
昼間なら隠れようのない場所だが、夜は倉の影が濃く、向こうからは見えにくい死角になっていた。
「ここは夜は見えにくくなります」
「この辺りのこと、よく知ってるんだな」
「ヴァレスタでの仕事歴は長い方なので」
イスカは短く答えると、それ以上は何も言わない。
やはり、僕やリナよりも年上か。
見た目は明らかに年下なのだが、その佇まいや言動、雰囲気からは年上のオーラが出ているように思う。
僕の気のせいかもしれないが――。
僕がもう一歩前へ出ようとすると、イスカが僕の腕を引っ張って止めた。
「そこの足元、音が鳴るのでご注意を」
そう言って、隣に密着してくる。
――近い。
細い体が触れるほど寄ってきたせいで、腕に胸元のやわらかさまで伝わってきて、少しだけ落ち着かなくなる。
その間近な距離からイスカの横顔を見ると、かなり整っているのが分かる。
だが、その人形のように無表情な顔からは心が読めない。
「こういうのは、お姉さんの計画通りにしてください」
その状態で真面目な顔で返すので、少し拍子抜けした。
「自分で……お姉さんって言うんだな……」
「それは当然です」
イスカは何事もなかったように東門の方へ目を向けた。ここからはうまく見えないが、そろそろ荷馬車が来る時間帯なのかもしれない。
目の前の道はかなり細い。
普通の荷馬車なら通れないだろう。
「この細い道を……あの荷馬車は通ります」
「最初からここを通れるように設計しているのか」
僕らはその影で身を潜めて待つ。
ここら一帯は、夜の街の賑やかさからは少しだけ切り離されている。
大通りから離れているため、とても静かだった。
結構な時間、お互い無言で待っていると、遠くから荷馬車の音が近づいてきた。
少しずつ姿が見える。
やはり、例の黄土色っぽい色の幌を被った荷馬車だ。
今朝見たものとまったく同じ物かというと、微妙に違うことは何となくわかる。
「……来た」
イスカが小さく呟いた。




