第20話
今度はリナが一歩前へ出る。
迷宮で戦ったFランク魔物――レトルファングと戦ったときは、少し動きを読んで鎖を操作できていた。
しかし、今日は空を自在に飛ぶグリーンビーグだ。
敵までの距離や高さはもちろん、急に向きを変えたり飜えったりと予測し辛い動きをする。
視界にいる二羽の内、一羽が高く旋回してから、急に角度を変えて真下に滑空してきた。
リナの鎖がそれに合わせて動くが――少しだけ遅い。
振るった鎖は空を切りながら伸びていく。
グリーンビークはそのまま倉の屋根を跳ねるみたいに飛び直し、上へ逃げた。
「あっ⋯⋯」
悔しそうな声が漏れるが、すぐに次を目で追っている。
「狙いは悪くなかった」
「ううん、まだ遅い。地面の敵ならもっと分かりやすいのに⋯⋯」
「鳥系の魔物は動きが速いな。次――来るぞ」
二羽目が低空を縫うように飛んでくる。
リナは正面から追わない。今度は倉の屋根の端へ鎖を引っかけ、そこを支点にして鎖を変速的に返す。
読みも悪くなかったが、今度は高さがあり過ぎた。
グリーンビークは翼を返して鎖の下をすり抜けたが、その際に羽先を掠めることには成功した。
その攻撃に警戒を強めたのか、上空を鳴きながら大きく旋回していて、すぐには降りてこない。
僕らの動きを見て、攻撃する角度を探っているみたいだ。
リナの肩が、わずかに動く。
ただし、まだ鎖を振る気配はない。
追わず、タイミングを待っている。
グリーンビーグは一度だけ首を低くすると、嘴を下げたままゆっくり降りてきた。
リナはまだ動かない。
もう一度、グリーンビーグが旋回すると穀物の袋へそのまま突っ込むような急な角度で落ちてきた。
その瞬間、リナの目が細くなった。
「今⋯⋯!」
鎖が鋭く走った。
狙ったのはグリーンビークが方向転換する一瞬手前だ。
――伸ばした鎖がグリーンビーグの足に巻き付いた瞬間、リナが鎖を大きく引く。
「《錨鎖》!」
ただ引くのではない。一瞬緩めてから、その勢いをさらに使って斜め下へと引き落とした。
グリーンビーグの体がぐんっと引かれ、飛び直そうと開いた翼は間に合わない。
鎖は壁に反跳するように動き、さらに両方の羽根にも絡みついた。
リナは鎖を両手で握り直し、そのまま背負うような形で地面へと思い切り叩きつけた。
ぎりぎりっ、と鎖が噛み合う音。
グリーンビークは一度だけ嘴を鳴らし、そのまま動かなくなった。
静かになってから、リナは鎖を引き戻す。
肩で息をしている。
額には汗が浮き、指先にも少し力が入らないみたいだった。
「ごめん、アーテル。今ので⋯⋯疲れちゃった⋯⋯」
「あとは任せろ」
残っていた一羽はさっきまでより露骨に慎重になっていた。より高い位置を飛び、降りる振りをして惑わしてくる。
僕は右手を軽く握った。
先ほど感じた熱がまだ残っている。おそらく《連牙》を今使えば、また腕が痛みそうな予感がした。
だから、今は欲張らず、降りてくる瞬間だけ――その一点を穿つことにする。
グリーンビークが動かない僕らにしびれを切らしたかのように、勢いよく降りてきた。
狙いはもちろん穀物袋じゃない。
残り一羽になろうとも、先に僕たちから倒すつもりらしい。
嘴を低く構え、僕の顔に向かって一直線に滑空してくる。
僕は少し後ろへ跳び、敵が飛んでくる軌道を延ばす位置へ移動した。すぐに鋭い針のようなイメージの『黒』を小手に集中させた。
「――そこだ」
放った鋭くスピードに特化した《黒穿》が、音もなくグリーンビークの頭を撃ち抜いた。そのまま地面へ突っ込んでいく。
辺りがようやく静かになった。
「何とかなったか。リナはよく一人で倒せたな、すごいぞ」
「……でも体力が持たない⋯⋯全然ダメだよ」
「そんなことはない。リナにはリナにしかできないことがある。僕には罠を見破ったり、解除できる力はないから」
僕が言うと、リナは少しだけ顔を上げて口元を緩めた。
「⋯⋯ありがと。まだ鎖を動かすのは遅いし、力任せなところもあるけど⋯⋯こうやって戦えるのは嬉しい。前よりはマシになってきたかも」
昨日までのリナなら、空の敵に鎖を当てるだけでも精一杯だったと思う。
今は違う。
外しても修正して次の方法に繋げている。
それに、Fランク相手とはいえ一人で倒し切った。
非戦闘職が魔物を倒す力を持つという成果は、十分すぎるほど大きい。
「とりあえず⋯⋯疲れたな」
「うん⋯⋯遺物って使うだけでこんなに疲れるんだね」
「紋章の力とはまだ別の疲労感だ」
胸の紋章辺りが少し痺れ、目の前も目眩のように少し揺れている。
黒紋の力は、小さく指先だけで抑えたつもりでも、使いすぎれば体の奥まで持っていかれた。もっと慣れるようにしないと、《黒穿》を撃った後を狙われたらおしまいだ。
だから、こういう地道な練習で繰り返すことが大切だと思う。
―――――
グリーンビークの討伐証明は、額にある緑色の『冠羽』らしい。僕はリナと一緒にそれ抜き抜いて、袋へと入れていく。
魔核はその冠羽の下に埋まっているため、一緒に取り出して集めておく。
最後に、地面に倒れていたグリーンバードを一カ所へ集めて焼却処分にした。
GランクやFランクの魔物はその肉や皮などはほとんど使えない部位がないため、討伐証明と魔核のみが有効活用されているらしい。
そのとき、東門のほうから誰がの視線を一瞬感じた。ふとそちらに目を向けるが、人の影は見当たらない。
「なぁリナ、さっき誰が見てきてなかったか?」
「え、誰? 私は気づかなかった」
僕だけの勘違いだろうか。
以前も似たような視線を感じたことはあった。確か、ヴァレスタの宿を断われ続けていたときだったか。
追われている身としては、気をつけなければならないだろう。
そんなことを考えながらも休み休みやっていたので、夕方に差し掛かっていた。
今日はもう疲れたため、魔核の抽出などは宿に帰ってからにしよう、と話しながら東門を抜けていると、ちょうど僕らを追い越すように荷馬車が入ってきた。
黄土色の厚い幌で荷台をしっかり覆い、左右に見張りがついている。
今朝、ガイールの東門の見張り依頼を見学していたときに見かけた荷馬車とよく似ていた。
門の近くとなると人通りも多いため、他の荷馬車は人を避けたり、声をかけたりしながら時に止まり、時に進みながら動いているのに、その一台だけが妙に静かで、途中で止まることなく前に進んでいく。
「⋯⋯また、あれ」
リナが小さく言う。
門番は、荷馬車の横に差し出された許可証を一度見ただけで、ほとんど止めもせずに通していた。見張りの一人が門の内側を一度だけ見て、荷馬車はそのまま脇道へ入っていく。
「追う?」
リナが言った、その時だった。
「日中に追っても、途中で人と荷に紛れて逃げられますよ」
横の細い路地から声がした。
振り向くと少女が一人、壁際に立っていた。
背は低く、顔立ちも幼い。
髪は透き通るような銀髪で、肩口で綺麗に切り揃えられていて、その印象をいっそう強めていた。
だが、華奢で幼く見えるわりに服の上からでも分かるくらいに胸元にふくらみがあり、そのちぐはぐさが妙に印象に残る。
装飾のない地味な服は、見栄えより動きやすさを優先した形なのだろう。腰には真っ黒な小さめの鞄を下げていた。
「⋯⋯さっきの荷馬車のこと?」
リナが聞くと少女は無表情のままで頷いた。
先ほど荷馬車が消えた脇道の先を見たまま答える。
「はい。……朝も見ていましたよね。何か気になりましたか?」
そこで初めてこちらに目を向けた。
整った顔に透き通るような銀髪を左右中分けて結んでいる。
一度じっとこちらを無表情のまま見つめてから、す踵を返して去っていった。
「待って」
リナが一歩だけ前へ出た。
「名前くらい……聞いてもいい?」
少女は少しだけ振り向いた。
「イスカです」
一言、名乗るがそれ以上は何も言わない。
僕がもう一度だけ聞く。
「イスカは何か知ってるのか? 知っているなら――」
「――さっきの荷馬車、なぜ気になるのですか?」
「なぜって……」
イスカは一瞬止まって無表情のままこちらを見上げたが、そのまま返答を待たずに路地の闇へと消えていった。
しばらくその先をぼんやりと眺める。
追いかけられない距離じゃないが、今は少し考える時間がほしかった。
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