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第6話


 しばらくして、リナの檻の前に金属製の首輪――『封緘の首輪』が運ばれてきた。

 首輪の固定部分に、薄く光る刻印がみえる。

 あれが『契印』なのだろう。何だか嫌な感覚がする。もちろん、その首輪には縄などと違って『結び目』などはない。


 封緘の首輪だけじゃない。より頑丈な『封印鎖』まで持ち出されて、リナは鉄格子に繋がれた。


 (ほど)かせないために、一手も二手も使っている。

 価値がある紋章持ちを取り逃がさないためには、金を積むしかない。守るためじゃない。少しでも高く売るための準備だ。


 リナの手足には締め付けていた縄によって傷がついていたが、貴重な売り物ということもあり、今はすべての縄が外され、傷口には回復薬を塗りたくられていた。

 僕の方にも視線が飛んでくる。


「……で、横の檻のこいつはどうする? 不明紋(アンノウン)疑いの紋崩れ(出来損ない)


「そもそも不明紋(アンノウン)にゃ、鑑定は効かなかったっけか」


「じゃあ、殺すか?」


「おい、やめろ。未覚醒は殺すな。競り場(ここ)に災いが降りかかる」


「じゃあ、無理やり覚醒させるか。こいつ、家族はいるのか?」


不明紋(アンノウン)に関わるな――って昔、(うえ)が言っていた。だから俺は関わりなくねえ」


「でも不明紋(アンノウン)かどうかもわかんねえだろう。会ったことあるやついるのか?」


「……噂くらいしか聞いたことないな」


「俺もだ。ってことはやっぱりかなりのレアってことだよな。まぁ『紋崩れ』だが……」


「関わるな――か。ならさっさと売っちまおう。『簡易鑑定では該当なし』『希少性あり』って感じで、盛った値札を貼っておけばいいだろ」


「それでいいな。物好きが買うかもしれねえ」


「だな。売れなきゃ覚醒するまでは生かして奴隷として使えばいいだろ、ゴミにはお似合いだ」


 口々に言い合う声から、僕の処理方法が確定していく。それを聞く限り、今夜中に逃げなければ終わる。 

 ここで耐えることは、ただ死ぬ順番を後ろに回すだけだ。


 僕が逃げる覚悟を決めたとき、リナが顔を上げたのが見えた。目が真っ赤だ。

 泣き腫らしているのに、瞳の奥はそれでもまだ折れていなかった。怯えと復讐が入り混じった目。


「……置いて、……かないで……。私……」


 声は途切れ、今にも消え入りそうだ。

 でも、僕の心の奥に届くには十分だった。


 助けたいとか、正義感とか、そんな綺麗な言葉にするのは違う。ただ――ここでリナを置いて一人で逃げることなんて、絶対にしない。


『……一点』『黒』『……穿(うが)つ』


 内側の声を聞いた途端、自分の力の『使い方』がすっと頭に入ってきた気がした。

 途切れた言葉だけなのに、まるで手を取って教えられているみたいに、やるべきことが分かる。


 ――最初の森で逃げたとき、鎖の一点を破壊した力。

 ――捕まえられそうになったとき、大男の腕に穴を空けた力。


 どちらも、『恐怖』という感情が引き金になっていたと思う。

 あの感覚を思い出して、今度は自分の意志として使う。試すなら、縛られているこの縄からだろう。


 縄の結び目。その繊維。ほんの小さな(かなめ)の一点を潰す。


 息を吸って胸に溜めると、黒痕が強く熱を帯びる感覚がした。世界の色が一瞬だけ薄くなって、縄の結び目の一点だけが浮き上がってくるように感じる。


 ここを穿(うが)つ。


 自分の指先から、針先ほどの黒点が、縄の結び目に向かって落ちていく。

 繊維の一箇所だけ、最初から何も無かったみたいに消滅し、結び目が一気に緩んだ。


 同時に、力を使った反動で頭がぐらりと傾いた。視界が暗くなる。それでも今回は、何とか倒れなかった。


 遠のく意識を周囲にバレないように、必死で引き留めている中――先ほどの鑑定士の老人が何かを受け取り、どこかへ消えていくのがうっすらと見えた。

 その近くには影みたいに寄り添っている――さっきまではこの場にいなかった人物。


 伝令だろうか。それとも鑑定結果を知らせに行ったのだろうか。

 リナが泣きそうな顔のまま、繋がれた首輪を握っている。僕はリナの方に寄り、小さい声で素早く伝えた。


「リナ、ここから一緒に逃げるには、君と僕の力を合わせなければならない。いけるか?」


「私の……力?……できる……? ……これを(ほど)く。ぜったい――……」


 リナは混乱しているのか、それとも無理矢理覚醒させられた余波なのか、言葉が辿々しい。


「今は力を蓄えておいて。君ならできる。合図は僕がするから、それまで待ってて」


 言葉だけで何とか落ち着かせた後、逃げる方法と方角だけを短く共有しておいた。



 ――――



 夜が更けていく。

 檻の奥で淡い光が揺れた。鉄格子の向こうで見張りが交代する音がする。

 木箱がいくつも運ばれ、火薬のような匂いがまた濃くなっていく。


 周囲の人がいなくなった頃、僕はリナと目配せをして、タイミングを調節する。

 僕は自分の足首にできた緩みを指で確かめ、息を整えた。手首の縄もすでにいつでも抜けれる状態にしてある。


 あとは逃げるタイミングを、リナと合わせるだけ。


 ここは檻だらけの迷路で、競り場の外が本物の野生動物の狩り場かもしれない。あるいは、もっとやばいやつらがいるのかもしれない。

 だが、今は逃げた後のことを考える余裕はない。


 リナが(ほど)く瞬間に合わせて、僕はリナの首輪の一点――『契印』そのものを穿つ。


 夜の闇が一層深まっていく。

 見張りの足音が一つ、また一つと遠退いたタイミングで、動こうとしていたとき、誰かが僕らの檻に近づいてきたのがわかった。


 その人物は、藁束を脇に抱え、乱暴に僕とリナの檻へ投げ入れてくる。寝床の藁の補充――そう見えるような動き。だが、足運びが妙だった。

 仕事の音に紛れているのに、獲物に近づく狩人のような静けさ。


 格子の影の中に転がった藁束の隙間に、錆びた金属がちらりと光った。――鍵だ。


 おそらく、あの鍵はここから抜け出せる一つの方法だ。だが、さっきから違和感が警告を鳴らしている。

 去り際、口の端で短い口笛を一つ鳴らす。


 誰が、何のために?

 「虎紋の手先」か。それとも「別勢力」か。

 そのまま、何事もなかったように夜の闇に溶けていった。


 ――どうする?


 見張りが一人減った、このタイミングを狙っていたのだ。向かいの檻で、リナがこちらを見てから大きく頷いた。


 リナは、僕の檻に一番近いところまで寄る。僕もできるだけ近づく。僕が手首の縄から抜ければ、ぎりぎりリナの首元まで届くかどうか――そんな距離。


 なるべく首輪の近くで、力を使いたい。

 リナと目配せをした。


 ――(ほど)く。

 ――穿(うが)つ。


 その二つを重ねるときが来た。

 僕は手足の縄から静かに抜け出すと、瞬時にリナの首元へ手を伸ばした。


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