第19話
昼食後、ギルドの扉を開けると、中の様子がいつもと少し違う感じがした。
人や話し声が、普段みたいに固まっていない。
――ルルレーダンの迷宮の噂。
――東門の保管庫の騒ぎ。
そこへ本来の討伐や採取依頼の話が重なって、掲示板前やギルドの食堂にいる人々が落ち着つかない感じだ。
「今日はまた賑やかだな」
「うん。なんかいつも以上にみんなが別々のこと喋ってる感じ」
僕らが掲示板の前で依頼票を見ていると、後ろから明るい声が飛んできた。
「あ、やっぱり前に『街道食堂』で会った二人だ」
振り向くと、あのときの三人組のパーティだった。
盾を背負った女が前に出てくる。
「覚えてる? 私は盾役のボルナ。こっちが斥候のニケ。で、こっちがリーダーのパル」
「ニケよ」
「⋯⋯パルだ」
突然自己紹介してくる。
ただ、ここで返さないのはさすがにおかしいため、軽く頭を下げる。
「アトルだ」
「リ⋯⋯」
そこでリナが一瞬だけ止まった。
「⋯⋯り、りんごが好きな、ミナ」
遅れて、ニケが少し吹き出した。
「え、何それ。じゃあ私は、お肉が好きなニケ」
「俺もか⋯⋯豆が好きなパルだ」
「いや、リーダーは豆嫌いじゃん」
ボルナが即座に突っ込む。
リナもつられて少し笑ってから返答する。
「ごめん、いきなりで焦った」
「ミナ、今のはずるいでしょ。急にりんごが出てくると思わないし」
ニケが笑いながら言う。
変に探らず流してくれたのがありがたかった。
そこでボルナの視線が僕の右手で止まる。
「あれ、黒髪くん――ごめん、アトル君。前そんな小手つけてなかったよね」
「ああ、つけてなかった」
「やっぱり。ミナも鎖、持ってなかったよね。いいなぁ」
「新しい装備? 私たちもそろそろ何か新しくしたいんだけど。ねえ?」
ニケとボルナが口々に言いながら、リーダーのパルを方を見る。
「⋯⋯もっと稼いだらな」
リーダーのパルは顔色一つ変えずに答える。それだけで話が終わってしまい、ニケが口をへの字に曲げた。
「ほら、いつもそれ!」
「当たり前だろ。今の状況で装備新調したら、そのあとの宿と飯の心配をすることになるぞ。それでいいのか?」
「ちぇ、それは分かってるけどさぁ」
ボルナが苦笑して肩をすくめた。
「そっちは今日どうするの?」
「近場の依頼を一つ受ける予定だ」
「同じ同じ。ていうか、そもそも迷宮とか東門の騒ぎのせいで、みんな長期のしっかりした依頼に移っちゃってて、簡単なのが余ってるっぽいんだよね」
掲示板を見ると、確かに残っているのは短期の簡易的な依頼が多かった。
そんな中、僕らが選んだのは東門を出てすぐの穀倉地帯で、穀物や集荷袋を荒らす『グリーンビークの討伐や追い払い』だ。
グリーンビークは鋭い嘴をもつFランクの鳥系の魔物で、放っておくと屋根や梁に集まり、収穫した穀物や実などはもちろん、保管している蔵の中まで侵入してくることもあるらしい。
僕たちは空を飛んでいる魔物を相手にしたことはなかったため、遺物の練習には良いかと思い、総合的に判断してこの依頼にした。
また、東門を通る依頼にしておけば、ついでに軽く状況も確認できそうだ。
ボルナが掲示板へ向き直る。
「じゃ、私たちこっちかな。郊外のニードルラビットの討伐。こいつはら街の周りならどこにでもいるしね」
「そっちは鳥かぁ。結構嫌なヤツだ」
「そんなに?」
「速いし、変な角度から来る。上を取られると見失うんだよね」
ボルナが肩をすくめる。
「こっちはこっちで楽じゃないよ。ニードルラビット、見た目は小さいけど、額の角があるから」
「Fランクといっても、攻撃の当たりどころ悪いと普通に危ないからな」
パルが短く頷いて言った。
「じゃあ二人とも気をつけてね」
「そっちも」
「またね」「ばいばい」「気をつけろよ」
ニケが依頼票をひらひらさせながら受付の方に歩いていく。パルとボルナが手を振ってついていった。
僕らもそれに続いて、グリーンビーグの依頼票を受付へ持っていった。
―――――
東門へ向かう道は、まだ昼の熱気が残っている。
荷馬車が行き交い、人の声も荒い。
朝の喧騒が嘘のように、東門周辺は落ち着いていた。
そのまま門を抜けると、すぐ先に背の高い倉が並び、その奥には広大な穀倉地帯が広がっているのが目に入ってくる。
倉の壁は陽を跳ね返して眩しい。
倉同士の間には穀物をぱんぱんに詰めた袋が、積み上げられている。風は穏やかに吹き抜け、干した藁の匂いが混じって流れてくる。
「思ってたより街に近いな」
「うん、東門を出てすぐなんだね」
倉の裏手へ回ると、もう被害が出ていた。
袋の口が何か所もつつかれ、薄い緑色の羽毛が散っている。干し穀の棚にも、細い爪跡が残っていた。
上を見上げると、屋根の端にグリーンビーグがたくさん止まっていた。
嘴と頭の冠羽だけが妙に鮮やかな緑色をしていており、他は全て色が薄い。大きさは翼を広げると三メートルというところだろうか。
「五羽くらいかな」
「飛ばれると面倒そうだね」
リナが腰に掛けていた鎖に触れる。
僕もまずは右手の小手に力を込めた。
今日はただ倒すだけじゃない。昨日迷宮でレトルファングを狩ったときのことを、もう少し自分たちの中で『形』にしたかった。
この小手の先から《黒穿》を撃てるかどうか。
腰にある朧差では、刀身に『黒』を纏うことやその状態を維持したまま斬ることなど、小太刀を使った他の技へ派生させることができている。
虎紋の遺物であるこの『黒鉄の小手』では、まだ何も試せていない。
「今日はしっかり練習だ」
「無理せずに」
「分かってる」
見上げると、すでに倉の縁に三羽止まっていた。遠くからでも、緑がかった嘴だけが妙に目立つ。
一羽が、鳥らしくない低い声で短く鳴いた。
次の瞬間、屋根の端から滑るように飛び立つ。狙いは穀袋の口だ。ためらいもなく、一直線に落ちてくる。
僕は右手を上げた。
黒鉄の小手の先へ意識を集める。
胸の奥の『黒』を、まず拳へ溜めていく。
そこからさらに指先へ細く押し込む。刃にするんじゃない。点で飛ばす。小さく、鋭く、一撃で足りる形に絞る。
「――っ」
小手の先から、黒弾を撃つ。
それで十分だった。
グリーンビークの片翼の先を撃ち抜かれ、鳥は空中で大きく傾く。そのまま羽を散らしながら地面へ墜ちていった。
「当たった」
「すごい!」
リナが声を上げるより先に、二羽目が飛んでくる。
普通の鳥なら今ので散るはずだ。けれど魔物は違う。怒り狂ったみたいに嘴を開き、今度は穀物ではなく、僕を狙って低く滑空してきた。
――速い。
僕は横へ半歩ずれて一撃を外し、その動きのまま、もう一度右手へ『黒』を集めた。
さっきより速く。
さっきより細く。
それを今度は一つじゃなく、二つに割る。
黒鉄で造られた指先の二本に、別々の黒を乗せる。
生身なら無理だったやり方だ。この小手なら、もしかしたら――できる。
息を詰め、狙いをつけて同時に撃ち出す。
虎牙のように――。
「《連牙》」
二発の『黒』が、ほとんど同時に走った。
だが、今度は甘かった。
二つともグリーンビークの緑の嘴の横をかすめただけで、鳥は嫌な声で鳴きながら上へ逃げる。
「惜しい」
「同時には出せる――だが、狙いがぶれる⋯⋯」
言いながら、僕は近い位置にいたグリーンビーグへ目を向ける。
さらに同時に撃つ数を増やせないか。
もっと細かく散らせないか。
そう考えた瞬間、小手の先がじりっ、と熱を持った。
指先の内側で、何かが焦げるみたいな感覚。
「アーテル、右!」
リナの声で我に返る。
グリーンビーグがもう目前まで来ていた。
僕は咄嗟に身を沈めてその一撃をかわし、返す動きで朧差を振り抜く。
浅い――それでも刃は届いた。
掠ったグリーンビークが空中で失速し、穀袋の手前へ突っ込む。そこで初めて、右腕の奥がずきりと痛んだ。
「っ⋯⋯!」
息が乱れる。
右肩から指先まで、一気に電流のように痛みが走った。
二発同時、さらにその次まで欲張った反動だろう。
『黒』を分けて同時に撃とうとすると、今度は制御面で心身が削られる。
「大丈夫?」
「ああ⋯⋯やっぱり連発はきつい。同時はもっときつい⋯⋯。だが、技の自由度がかなり広がった気がする」
胸の奥から右腕にかけて、まだ少し痺れている。目の前がほんの少しだけ揺れた。
小さく絞っても、黒はやっぱり黒だ。
指先だけで抑えたつもりでも、使いすぎれば体の奥まで持っていかれる。
その間に、上へ逃げていた二羽が向きを変えて戻ってきた。
「次、私やる」




