第17話
ルルレーダンの迷宮から戻った後の話は、思っていたより早く終わった。
細かい順番や図の書き起こしは、副支部長のドーレマンと部下のサムが引き受け、僕らは今日見たことだけを再度伝えればよかった。
副支部長の部屋にはギルドの職員が何人も行き来していたが、僕らまでその輪の中へ入れられることはなかった。
ドーレマンは最後に、革袋を一つ机に置く。
「今日の報酬だ。二人で分けてくれ。上への報告はこっちで回す。また何かあれば連絡する」
「ありがとうございます」「やったー!」
僕が頭を下げる横で、リナはもう袋を持ち上げていた。重さを確かめ、少しだけ目を丸くしている。
「え……何か思ってたより、重い……かも」
部屋から出てから開いてみると、銀貨が五十枚ほどと銅貨が少し入っている。
今の宿の部屋は、朝食代入れて二人で銀貨二枚いかないくらいという安さもあって、約一か月分くらいの宿代とも言える
「こんなに? ありがたいな」
「だから、今日は少しだけ良いご飯にしていいと思う」
「少しだけ? 昨日も同じようなこと言ってなかったか」
「むう……少しだけだから」
その少しがどこまで増えるのかは、たぶん僕が止めなくてはならないのだろう。
お金が貯まっていくのは良いことだ。
『遺物』の装備は充実してきているように思う。ただ、その他の消耗品や防具なども揃えて行く必要があるだろう。
副支部長の部屋を出てから、依頼票の掲示板前を通る。ルルレーダンの迷宮関連の注意書きはそのまま残っていた。
今日の調査で判明したことは、少しずつ他の冒険者にも開示されていくらしいが、まずはギルド側で安全確認やら何やらの手続きがあるらしい。
ただ、ギルドの副支部長が自ら動いていたことは、すでに噂のような形で知れ渡っており、現にドーレマンの周辺の慌ただしい動きを見ていると、何かが起こっていることは明らかだ。
「しばらくはあの迷宮の依頼自体、止まったままなんだろうね」
リナが注意書きを見上げたまま言う。
「だろうな。とりあえず僕らとしては一段落ついた」
僕が一息ついてそう返したとき、後ろから鼻で笑うような声がした。
「おいおい、お前らずいぶん疲れた顔してんなぁ」
振り向くと、ガイールが笑みを浮かべて立っている。掲示板と僕らの顔を見比べ、肩をすくめる。
「いや、疲れた顔と腹減がった顔、半分ずつって感じか」
「すごく、合ってる」
「なら飯でも行くか。俺もさっきひと区切りついたところでな。……仕方ねえ、先輩として何か奢ってやるよ」
そう言って、得意げな顔をしたガイールはさっさとギルドの出口に向かって歩き出した。
僕らがついていくのを、最初から分かっていたみたいな足取りだ。
――――
案内されたのは表通りから一本外れた居酒屋のような食堂だった。ガイールお勧めの料理を注文してもらう。
運ばれてきたのは、炙った骨付き肉に辛味の効いた香草ダレをかけた料理、刻んだ野菜と豆を胡麻のソースで和えたサラダ、それに焼きたての平パン。
飲み物は僕とリナには冷えた柑橘水、ガイールの前には大きなジョッキに入った泡の立つ麦酒だった。
「……うまそう」
「おう、ここはうまいぞ。それに、量もちゃんとあるからな」
「そこ、すごく大事」
「ふん、分かってんじゃねえか」
ガイールが鼻で笑ってから麦酒を一気にあおる。
リナは一口食べた瞬間、顔がほわっと緩む。
「……おいしい!」
「そうだろ。ヴァレスタに来たらここは外せねえ」
「ガイール、ちょっと得意げ」
「紹介した店を褒められたら少しくらいそうなるってもんだ」
そう言いながら、麦酒をどんどん飲んでいく。
話すよりもガイールはお酒を、僕らは料理がしばらくは優先だった。
皿が半分ほど空いたところで、ようやく会話が戻ってくる。
こういう何気ない時間はありがたい。
ルルレーダンの迷宮の前で感じた不安や緊張が、少しずつ消えてくれる。
ガイールが肉を口へ運びながら、ふと僕らを見た。
「で、結局どうだったんだ? 副支部長に連れていかれたって噂だぜ」
「ルルレーダンの迷宮のこと、もう知ってるの? 実はね『指名依頼』だったんだよ」
「はぁ? Fランクの新人二人に正式な『指名依頼』だぁ? 十年早いぜ」
ガイールは麦酒をさらに飲んでから顔を赤らめている。
「え、ガイール、ちょっと妬んでる感じ?」
「……おい、マジで返すなよ。まぁそれだけ上がお前らを見込んでくれたってことだろ。将来有望だなぁ俺の弟子は」
「確かに有望。ガイールのおかげ」
「……こっちが恥ずくなってきたから止めてくれ」
ガイールが咳払いを一つ入れる。
「――ただ、今日うまくいったからって、次も同じようにいくと思うな。命より大事なものなってないんだから」
「……うん。分かった。気をつける」
リナは素直に頷き、また肉料理へ戻った。素直に理解したときは、こういう返しが早い。
―――
少し他愛のない話をしながゆっくりした後、僕は気になっていたことを尋ねる。
「ガイールは、何の仕事だったんだ?」
「俺が今やってるのは、東門近くの『保管所』の見回りだな」
「保管所の見回り?」
「最近、変な嫌がらせが増えててな。荷札や書類だけが盗まれるとか、保管してた荷馬車の綱だけ切られるとか、積む順番をめちゃくちゃにされるとか……まぁそういうやつがいないか見回るっていう護衛任務だな」
その言い方に、僕はカンベリーの荷馬車で起きたことを思い出す。荷そのものじゃなく、書類関係だけを狙う手つき。
ガイールは僕の顔を見て、気づいたように言った。
「商会がこの街に入るとき、お前たちも見ただろ」
「うん」
「だったら覚えとけ。ああいう目的が分からないやつがまだ続いてんだ」
僕らはすでにヴァレスタの街には入れている。リンドリウムのときの敵であれば、何を狙っているのだろうか。
僕たちのこと?
いや、もう街の中に入っている。それをまだ掴んでいないから手当たり次第探っている?
別の目的があるのか?
悩み始めるときりがなかった。
「ねぇ、保管所って、ずっとそこで見てるの?」
「俺の場合は、今日は昼前から入っていったん切り上げたところでお前らに会ったんだ。この後、少し寝たら夜にもう一度入ることになってる。暗くなってから動くやつもいるからな」
言いながら、ガイールは残っていた肉を一口で片づけた。
「お前らも無理すんなよ。まだ冒険者になったばかりってことを忘れるな。だからこそ、今はちゃんと食ってしっかり寝ろ。疲れた日の翌日に無理すると、だいたい碌なことにならねえから」
そう言ってから食べ終わると、ガイールは机にお釣りがけっこう出るくらいのお金を置いて立ち上がった。
「俺は寝てくるぜ。お前らはゆっくりしたら帰れよ。またな」
「気をつけて」
「お前らもな」
ガイールと別れた後、少しリナと今後の予定を話してから、夜までは時間が少しあったが、宿に戻ることにした。
宿に向かって少し歩いたころ、リナがようやくお金の入った革袋をしまい直す。
「ガイール、結構忙しそうだったね」
「東門の保管所だっけ。僕らが思っているより荒れてるんだろうな」
「書類だけ抜かれるって、やっぱり気持ち悪い感じ」
僕もそう思う。
ただの盗みなら、まだ分かりやすい。けれど、そうじゃない。
何か僕たちがわからないような目的があるのだろう。
少し沈黙が落ちた後、前を歩いていたリナが振り向く。
「アーテル、右手の痛みは? 小手つけると良くなる?」
僕は右手を軽く握ってみせる。
「これまでよりは良くなってる。小手はまだ全然真価を発揮できていないと思う」
「私も。鎖、まだ上手く動かせない」
リナは自分の腰の鞄に軽く触れた。
明日以降は遺物と自分の連携などの練習が必要かもしれない。使えなければ、せっかくの強力な装備が台無しだ。
そんな事を考えながら、宿に帰るのだった。




