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第16話

  

「……何があった?」


「向こう側で、別の『入口』みたいなところを見つけた」


 ドーレマンの問いに僕が答えると、リナが付け足す。


「さっきみたいに正しく進むと、移されるみたい。向こう側だと、こっちの声は聴こえてたよ。ただ、姿は見えなかった」


 サムがまだ信じきれないといった顔で周囲を見ている。

 ドーレマンは少し思い出しながら言った。


「俺が冒険者だった頃でも、こんな経験はほとんどない。しかも、迷宮の入り口すらそもそも別にある――なんてな……」


「さっき見たのは、本物の入口ってことか」


 僕が言うと、リナも頷いている。


「実は入口すら未踏だったとなれば……すごい発見だ」


 最初から見えていた入口は偽物。

 おそらくあれは迷宮ですらなかったのかもしれない。

 鳴石を理解し、正しい位置を越えた者だけが、本物の入口へと至ることができるということだろうか。


 頭を巡らせていると、突然低い石壁の影から何かが跳んできた。


 レトルファングだ。


 昨日逃げられた群れの残りかもしれない。

 ただ、かなり数が多い。どんどん影から現れる。

 前列の三頭が低く潜って、連携を取りながら囲んで狙ってくる。


「待て、散るな!」


 ドーレマンが一歩前へ出た。


 その瞬間、手首の革帯の上に鈍い鉄色の()()が噛み合うように突然現れた。

 甲を覆い、指の前に厚みを作る。


 刃はないが、その形状から相手を打ち砕くためだけの武器であることだけはわかる。


 まずは一頭へ、ドーレマンの右拳が鋭く走る。

 殴ったと思った時には、レトルファングの頭が横方向へ折れていた。

 バゴリッ――と聞いたことがないような鈍い音。体が地面へ叩き落とされる。


 それに対して今度は左拳で、二頭目の喉元を下から打ち抜く。先ほどとは違った骨が砕ける音がして、瞬く間にレトルファングが二頭地面へ転がった。


 速いうえ、重い。

 踏み込みが小さく、目で捕らえられない。


 三頭目が横へ逃げようとした瞬間、サムが前へ出た。背から抜いた武器――棍棒のような凶器で後脚を打ち払う。体勢が崩れたところへ、ドーレマンの拳具が真上から落ちた。


 戦闘時間はわずか五秒ほど。 

 その結果に、僕は思わず息を呑む。


「……強い」


 思ったまま口にすると、ドーレマンは倒れたレトルファングを一瞥して言う。


「――残りの敵を見ておけ、そっちは任せたぞ」


 ドーレマンはもう次の影へと体を動かしていた。


 その時、遅れていた一頭が僕の左から跳び込んでくる。狙いは脚だ。地面すれすれを這うみたいに向かってきて、噛みつく瞬間だけ牙をこちらへ向ける


 朧差より先に、咄嗟に右手が出た。


 黒鉄の小手が、ぎしっと短く鳴る。

 掴んだのは跳んできたレトルファングの下顎だ。


 普段なら速く牙がある口を掴めるわけがないのだが、今回は違った。


 小手の内側で何かが噛み合い、僕の指が獣の下顎へ食い込む。相手の噛みつきに対して、こちらの小手が逆に噛みついて離さない。


 僕は獣を掴んだまま、半歩だけ身体を開く。

 そうすることで、レトルファングの首筋が持ち上げ、腹の線が伸ばした。

 ――そこへ膝蹴りを入れる。

 宙に浮かせ、その隙に朧差で腹部を斬りつける。


「ギギャッ――!」


 悲鳴が細く響いた後、すぐに途切れる。


 驚いたのは敵を掴んだ瞬間、右手の握りだけが別物みたいに変わったことだ。押さえ込むのではなく、噛みつきにきた敵へ、こちらが先に噛みつく。


 リナがそれを見て言う。


「その小手、防具っていうより武器だね」


「……確かに」 


 虎紋の『遺物』。効果の癖は強そうだが、使いこなせばかなり力になってくれそうだ。


 最後の一頭が僕らの後ろへ回り込もうとした。――リナの鎖が鳴る。


「――そこ!」


 短い声と一緒に、鎖の先がまっすぐと石柱へ向かって飛んだ。鎖は石柱の角に引っかかり、そこを軸にさらに伸びながら回ってくる。

 次の瞬間には、レトルファングの前脚と胴の付け根へ鎖が斜めに入っていた。


 前に跳べば脚が締まり、後ろへ引けば柱の角が返しになって鎖は外れない。


「……すごいな。簡単には外れそうにない」


 僕が言うと、リナは魔物から目を離さないまま答えた。


「どこへ通したら解けないか、何となく分かる感じ。まだ動かすのには全然慣れないから、もっと練習頑張る」


 僕は縛られたレトルファングに踏み込むと、右手の小手で鎖の張りへ合わせるように魔物の肩口を押さえ、左手の朧差で斬り上げる。

 リナが止めた位置へ、僕の刃がまっすぐ届いた。


 悲鳴は短かった。

 草地に静けさが戻ってきた。


 ドーレマンたちも敵を殲滅したようで戻ってくる。


「二人とも面白い『遺物』だな。小手も鎖も君たちと相性が良いのだろう」


 遺物のおかげもあって、少しずつ強くなっている。

 息を整えながら、僕らはそれをはっきり感じていた。


―――――

 

 その後は、ドーレマンとサムにも、先ほどの『別の入口』を見てもらった。


 その入口は、二列の細い石の並びと二本の石柱で構成されている。石柱の奥には、下る階段が見えるが、その先は暗闇に埋もれていて見えない。

 

 二本の柱の間は広くない。けれど、その足元だけ床石の並びが急に揃っている。崩れた外縁の石とは違う。誰かが意図して組んだ並び。


「もう十分だ。今日はここで撤退する」


 ドーレマンは入口の石柱を見る。


「今日は外に見えてる入口とは別の入口があることが分かっただけで、成果は大きい。君たちのおかげだ。礼を言う」


 リナは嬉しそうに頷いている。あの顔は褒められたということもそうだが、報酬に期待している顔だろう。


 ドーレマンはサムへ指示を飛ばし、柱の位置と石の並びを書き取らせている。さらに、足元の細い欠片を一つ拾って布へ包む。


「それも持ち帰るのか」


「未踏の入口のものだ。一応、調査に出しておく。急いで支部長まで上げなくてはな」


 僕らが見つけたものは意味があった。

 子どもの焦りでも、駆け出し冒険者の勘違いでもない。それを認めてもらえたことが嬉しかった。


 帰り道、昨日まで入口だと思っていた低い石壁の前を横切る。


 今見ると、もうそこは入口に見えない。

 長年ルルレーダンの迷宮が踏破されなかった原因は、これだったのかもしれない。


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