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第14話


 ダンは足首をかばいながらも、自分の足で歩けている。レイラの擦り傷も浅い。深い怪我がなかったのは本当に運がよかった。


「二人とも本当にありがとう。俺たちはもうギルドへ戻るよ。それで、報告は一緒にした方がいいと思うんだが、ついてきてくれるか?」


 ダンが息を整えながら言った。


「見えてる出口に近づけなかったなんて、私も何て言葉にしたら良いか……」


 レイラはまだ落ち着かないのか、一度だけ迷宮を振り返る。リナはその横で、さっき見た場所を思い返しているみたいに真剣な顔をして呟く。


「二人が消えた……ううん、位置をずらされたのって、迷宮の中に入ってからじゃないと思う」


「じゃあ。入口に入る前からってことか?」


 ダンが聞き返すが、あまりに信じられないといった顔をしている。


「……うん。右側の手前の大石の並び。あそこ、見た目はただの石が置かれた地面だけど、まっすぐ進んだつもりでも、すでに最初の通り道がずれてたから」


「そんなのが、外から見て分かるのか……」


 そう言いながらも、ダンとレイラもさっきの出来事の後では「そんなわけない」とは否定できない顔をしている。


 ヴァレスタへ戻る道は、行きよりずっと短く感じた。迷宮の外へ出てしまえば何事もない草地なのに、靴の裏にはまだあの嫌な違和感が残っている。

 踏んだ場所と立っている場所が、ぴたりと噛み合っていないみたいな気持ち悪さ。


 街門を抜け、昼の大通りを横切る。

 荷馬車の車輪が鳴り、屋台からは焼いた肉の良い匂いが流れてきた。街はいつも通りなに、今体験してきたことはおそらくかなりのイレギュラー。

 もし初心者冒険者が知らずに行くと、最悪死につながる可能性も否定できない。


 ギルドへ戻ると、受付の女職員が僕らの顔を見た瞬間、表情を変えた。


「――怪我人ですか?!」


「ああ、ただ俺たちの怪我はほぼない。それよりルルレーダンの迷宮の様子がおかしいんだ。上に報告したいんだがどうすればいい?」


 ロンの言葉に、受付の女性は一度だけ僕らの方を見る。

 すぐに余計なことは聞かず、僕らを小卓のある奥の部屋へ案内する。


 水と冷やした手拭きが出され、しばらく座って待っていると、奥の扉から男が入ってきた。

 四十代半ばくらい。鎧は着けていないが、肩と首の筋肉の隆起具合から、現場上がりであろうことが想像つく。


「私はギルドの副支部長、ドーレマンだ。今日起きた事実だけを話してもらえるか」


 僕は頷いて、今日起こったことの流れを手短に話した。


 二人の姿が迷宮の入口付近で突然消えたこと。

 迷宮の外側の時点で、すでに何かが噛み合っていないような不安感があったこと。

 中から出るときに、見えている出口へ普通に進むだけでは出られなかったこと。

 浅瀬でレトルファングの群れに囲まれていた二人を助けて戻ったこと。


 話を聞き終えたドーレマンは、そこで短く息を吐いた。


「とりあえずお前たち、この二人を助けてくれてありがとう。話を聞いた限りでは今起こっていることはルルレーダンの『鳴石』の影響と言えるだろう」


 ダンが顔を上げる。


「ルルレーダンの鳴石?」


「……あの迷宮の中はもちろん、周りにも点在する背の低い石壁は分かるか? そこの辺りから奇妙な乾いた音が聞こえることがあるから、昔からそう呼ばれてる」


 副支部長は卓に指を置いたまま続けた。


「ただ、鳴るだけなら珍しくもない。だが、鳴った日に足場の噛み合わせまで狂うことがこれまでにもあった。行った冒険者の帰りが妙に遅いとか、出口が遠く見えたとか、そういう軽い話で済むことが多かったんだが――」


「――でも今回は違った?」


 リナが言うと、副支部長は頷いた。


「入口の前から空間が狂っていて、しかも迷宮の浅瀬にFランクの魔物が群れで出てくる。そんな状況なら……かなり話が変わってくる。かなり危険だ」


 レイラが布を頬に当てたまま口を開く。


「私たちはほとんど入り口との境界線のあたりで採取していただけなんです。ふと気付いたら、出口は見えてるのに出ようとしても近づいてる感じがしなくなって……」


「俺は突然周りが動いたようか気がして、踏み直した時に足を捻った。そこから急に魔物に襲われたんだ」


 副支部長は二人の話を最後まで聞いてから、部屋の外へ少し行ってから声を飛ばした。


「ルルレーダン関連の依頼は一旦止めろ。依頼無しの入口付近の単独行動も自粛を呼びかけてくれ」


「はい、承知しました」


 ドーレマンの言葉にすぐに返事が返る。

 少し遅れて、部屋の外の冒険者たちの慌ただしい雰囲気が伝わってきた。おそらく依頼票が外されたのだろう。


「……鳴石か」

「また鳴いたのか?」

「いや、今回は入口前かららしいぞ」

「鳴石ってなんのことなんだ?」


 低い声のざわめきが広がっている。

 『また』ということは、知られていなかったわけじゃないのだろう。僕らのようにその存在を知らない人たちもいるようだ。


「ほかに何か気づいたことはないか?」


 ドーレマンに問いに対してリナが口を開く。


「入り口付近の向かって右側の大石の並び――表面が擦りへった他の石に混ざって、最初から削ってある石があった。荒れて見えるのに、欠け方が綺麗すぎるような感じ」


 副支部長ドーレマンの目が鋭くなる。


「なるほど。……わざと踏ませるための並びか。一応確認するが、それは支部長()まで上げてもいい確定事項か?」


()()()。だから、間違いないと思う」


 リナの目に一瞬だけ薄い金が差す。

 それを見たドーレマンは短く頷いたが、すぐには返事をしなかった。卓を指先で二度、軽く叩く。


「本来なら、まずは下の現場班に見せる話だ」


 そう言って、入口の方角を思い出すみたいに目を細める。


「だが、もう依頼票は止めた。空振りでも止めた者が責任もって自分の目で見ておくのが(すじ)だな」


 そこでようやく、僕らを見た。


「明日、俺が現地を直接確認する」


「え、副支部長が?」


 思わず聞き返すと、ドーレマンは肩をすくめた。


「冒険者の動きを止めた以上、責任だけを『下』に投げる気はない。もっとも、中へ潜るつもりはない。見るのは入口付近までだ。どこで外れるか、どこが鳴くか、それだけを押さえる」


 そこで一度言葉を切り、はっきり続ける。


「お前ら二人にも来てもらう」


「僕たち?」


「最初に異変を拾って、救助までやったのがお前らだからな。受けてもらうのは案内と確認の同行だ。お前らが見たこと、経験したことを、別の人間が最初からそのままなぞれるとは思えん」


 ただ見に行くんじゃない。次に踏み込むための安全の動線を持ち帰る。そのための確認ということらしい。

 それに、副支部長が自分で出るというだけで、この件が思っていたより重いことが分かる。


「うん、もちろん行くよ。報酬もあるんだよね?」


 リナがすぐに答える。


「もちろん報酬は弾ませてもらおう。これはギルドからの『指名依頼』だ」


「え、指名依頼って、ガイールが言ってたやつだ」


 リナがいきなりご機嫌で僕の方を見てくる。


「でも、見るのは入口じゃなくて、その前からだよ」


「そのつもりだ」


 ドーレマンは迷わず頷いた。


「今日の話を聞く限り、もう入口の手前あたりから迷宮が始まってしまっているということらしい。にわかには信じがたいがな」


 打ち合わせが終わる頃には、ルルレーダンの迷宮の依頼票の代わりに、簡素な注意書きが貼られていた。


―――――

 ルルレーダンの迷宮調査(停止中)

 入口付近での単独行動禁止

 *詳細は受付へ

―――――



 ギルドから出ると、昼の光が高くなっていた。荷馬車も人の流れも変わらないのに、耳の奥にはまだあの石が鳴らす『音』が鮮明に残っている。

 乾いた、長く尾を引く音。


 隣でリナが小さく言った。


「まだ早いけど、今日はもう宿に帰る? それとも指名依頼のお祝い?」


 さっきまで迷宮を睨んでいたのに、切り替わりが早い。特に、指名依頼のお祝いという声に力が込められていた。


 僕は思わずリナを見る。リナは少しだけ口元を緩めていた。疲れてもいるはずなのに、そこだけは年相応で少し安心する。


「お祝いってほど大げさじゃなくていいけど、何か食べるのはありかも」


「やった。じゃあ今日はちょっとだけいいやつ」


「ちょっとだけな。明日も朝から動くんだから」


 今日の救出で臨時収入もかなり入っている。少しくらい食べ物に使っていいだろう。


「分かってる。大きいお肉を二、三枚増やすくらい」


「それはちょっとの範囲なのか?」


「指名依頼の前祝いなら当たり前」


 真顔で言うから、僕は息だけで笑った。


 昼のヴァレスタは相変わらず騒がしい。

 道沿いの屋台から油と香辛料の匂いが流れてくる。その賑わいの中を歩いていると、さっきまで迷宮の前にいたのが少しだけ遠く感じる。


「でも、本当に指名依頼って珍しいんだよね?」


「たぶんな。ガイールもわざわざ言ってたし」


「ふふ。あの顔でちょっと自慢してたもんね」


「……あの顔でって。確かに自慢げだったが……」


 ガイールの得意げな顔を思い出して苦笑する。

 リナは機嫌よく歩きながらも、ふと真面目な顔に戻る。


「あ! 今、笑ってた」


「え?」


「笑ってるのかなり珍しいから。自分では気づいてないよね」


 言われてみると、頬のあたりが少しだけむず痒くなる。そんな顔をしていたつもりはなかったのに、隣を歩くリナにはきっちり見抜かれていたらしい。


「……笑うところ、あったか」


「え、ガイールに笑ったんじゃないの……? 思い出し笑いってこと?」


 からかうほど強くは言わず、確かめるみたいにリナが覗き込んでくるため、僕は視線を逸らしてしまった。

 人の多い通りを荷馬車が軋みながら横切っていき、その音に少し気が逸れて助かった。


「そういえば……あの副支部長、やっぱり知ってたね。私たちのこと」


「それでも表では出さなかった」 


 そこはありがたかった。アトルとミナという偽名のままで話を通してくれるなら、こちらも動きやすい。


 リナは小さく頷く。


「だったら、こっちもちゃんと持ち帰らないとね。明日、迷宮の入口前の情報を」


「まずはそこからだな」


 見えている入口より手前から、もう迷宮が始まっている可能性。


 通りの角で、串焼きの屋台が目に入る。香ばしい匂いに、リナの視線がぴたりと止まった。


「……ねえ。お肉の量を増やすの、今からでもいいと思う。初めての『指名依頼』って、そんな感じのおめでたい響きがあるし」


 食堂のようなところへ向かっている最中なのに、屋台でつまみ食いがしたくなったらしい。


「頑張った人に、ちょっとだけ優しくしていい感じ」


「わかったわかった」


 言い切る声が妙に堂々としていて、僕はまた少し笑ってしまう。確かに今回はリナが大活躍してくれた。

 解紋の力はもちろんだが、例の『鎖の遺物』もほとんどぶっつけ本番だっただろう。


「じゃあここで先に串焼きを食べる代わりに、あとで甘いものは無しにするぞ」


「……え」


「明日の朝、食べ過ぎて動けなくなると困るからな」


「……それはそう……だけど……」


 不満そうにしながらも、リナは素直に頷いた。

 僕たちは屋台へ向かって足を動かす。


 今日はよく食べて、しっかり寝て、明日の準備を整えよう。

 風が路地を抜けた瞬間だけ、乾いた長い音が耳の奥によみがえった気がした。



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