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第12話


 ギルドの扉を開けると、革と鉄が擦れる乾いた気配が流れてきた。

 奥の受付では依頼の受け渡しが続き、壁際の長机では早朝のうちにひと仕事終えたらしい連中が薄い酒で喉を湿らせている。


「朝でもけっこういるね」


「今日って何かあるのか?」


 依頼票が貼られた掲示板の前は、予想通り人だかりができていた。僕らも空いている隙間を探して近づく。

 

 採取、運搬、護衛――。

 見慣れてきた依頼票の上段には他と違うピンで留められた依頼票が二枚あった。


―――

『翠緑の迷宮』

・位置:ヴァレスタ北東(徒歩一日程度)

・内容:迷宮周辺および浅瀬の調査、魔物の討伐

・その他:三名以上およびDランク以上推奨

―――


「徒歩で一日……」


「遠いな」


 依頼票の前で僕らがそんな話を小声でしていると、冒険者の男が笑って話しているのが聞こえてくる。


「――だから言ったろ。初心者はあれは気軽に行くとこじゃねえって。徒歩で一日っていうのは道中で一泊は必要なんだ。お金を貯めて定期便に乗って行ったほうがいいぞ」


「でも『翠緑』は当たればデカいんだろ?」


「まぁ当たればな。……あとは帰ってこられるならの話だ。欲に駆られて奥まで行くと⋯⋯――」

 

 そんな会話が聴こえてくる。


 その右側にあるもう一枚の依頼票には――


―――

『ルルレーダンの迷宮』

・位置:ヴァレスタ北西(徒歩二時間)

・内容:迷宮周辺での採取

・その他:F〜Eランク推奨。可能であれば浅瀬の採掘・採集

『似た景色で迷いやすいため、注意が必要です』

『古い金具などがあれば、相場確認します』

―――


 ルルレーダンの迷宮の依頼票の下には、ギルド職員が書き足したらしい短い注意書きがあった。


 こちらも迷宮関係の依頼。

 どちらの迷宮の依頼も、何度か見かけたことはあった。


「ルルレの方は結構近いんだね」


「もう略すのか……」


「だって名前長いから……」


「距離的には結構違うみたいだな。ルルレーダンの方は迷宮周辺だけでも良いし、推奨もFランクからって書いてある。今日はこれにしてみるか?」


「賛成! そういえば私、迷宮って見たことないんだよね」


「僕もだ。だったらちょうど良かったな」


「うんうん、昨日の魔獣討伐の依頼票もなくなってるしね」


 そう言って、僕たちはもう一度ルルレーダンの依頼票へ目を向けた。


「似た景色で迷いやすい――だって」


 リナが依頼票の下の注意書きを声に出すと、隣にいた冒険者の男が鼻で笑った。


「迷うっていうより腹が立つんだよ。どこ見ても同じに見えるくせに、ちゃんと違うっていう矛盾だ。ああいう場所は性格が悪い」


「行ったことあるのか?」


「ああ、俺みたいなのは周りと浅瀬だけだがな。今じゃ、奥まで入るのは初踏破に取り憑かれた連中だけだ」


 そう言って、男は自嘲気味に笑った。


「あそこはまだ踏破されてねえくせに、中では未だにお宝が見つかってねえんだ。だからこそ、何かが眠ってるんじゃねえかって、みんな最初は探索に行くんだが……結局、諦めちまう」


 男は愚痴みたいにそう言ってから、別の依頼票を剥がして受付の方へ去っていった。

 リナはその背を見送ってから、もう一度ルルレーダンの依頼票へ目を落とした。


「性格が悪い迷宮か。まだ想像しにくいな」


「うん。⋯⋯でも、ちょっと分かるかも」


「どういうことだ?」


 リナは少しだけ迷うように言った。


「こういう迷宮だと、たぶん私の目が勝手に違いを拾おうとする。リンドリウムで帳簿を取りに行ったときも、見たくなくても『仕組み』が視えたでしょ?」


「確かにそうだったな。自分で止めてるつもりでも、勝手に目に力が入ってる感じだった」


 リナが頷いた。

 瞳の奥に薄く金色が差す。


「練習した。前みたいに倒れて、ただ待つだけは嫌だったから」


「……制御できるようになったのか?」


「まだ完璧じゃないけど、前よりは。だから最初の迷宮なら何か分かるかも」


 リナは依頼票をもう一度見た。


「そもそも翠緑の迷宮は推奨ランク的にもまだ早いし、最初の迷宮ならルルレだね」


「そうだな。じゃあ今日はこの依頼にしてみよう」


 僕らは依頼票を持って受付へ向かい、ルルレーダンの迷宮の採取依頼を正式に受けた。


_________



 ヴァレスタの西門から出ると、石畳はすぐに乾いた土の道へと変わった。


 最初のうちは荷馬車の轍が濃く残っていて、行き交う商人や採取帰りの人影もちらほら見えた。

 けれど歩いているうちに道の幅は少しずつ痩せ、踏み固められた土の上へ細かい砂が浮きはじめる。風を遮る建物もすぐになくなり、背の低い草が膝のあたりでさわさわと鳴る。


 ときどき乾いた土の窪みに古い石が顔を出し、その数が増えるたびに、街から離れて別の場所へ入っていく感じが強くなる。


「ここを進めば、二時間くらいで着くのか」


 そう言いながらも、歩く時間が長くなるほど、街から切り離されていく感じははっきりしていく。


 途中で一度だけ立ち止まって水を飲んだ。

 振り返れば、ヴァレスタの城壁はもう低く霞んで見えるだけで、代わりに前の景色には、草の切れ間ごとに不自然な石の並びが混じり始めていた。


 遠くに古い石造りの列のような土台が見えはじめる。

 そこに近づくにつれ、それはただの石台ではなく、低い壁の切れ端や、半分だけ地面に沈んだ柱の並びだと分かった。地上に見えているのは迷宮の入り口だけで、その下に降りていくと、中はどんどん広がっているような感じだ。


「見えてきたか」


「あれが迷宮?」


 迷宮の周辺には、すでに先に来たらしい採取目的の冒険者パーティが二組ほどいた。

 どちらも入口やその向こう側でしゃがみ、苔のついた石や乾いた枝、薬草のような植物などを袋に入れている。

 辺りに危険な気配はない。空も明るいし、気持ちの良い風もある。


 なのに、入り口に近づくほど胸の奥に引っかかりが残った。


 目の前には大きめの石が規則正しく、いや少しずつズレながら並んでいる。

 ただそれだけのはずなのに、目で追うとすぐに距離感が曖昧になる。


 同じ高さの壁、同じ幅に見える通路口、同じような欠け方の角。

 だが、次に見た時にはさっき見た並びとどこか違う気がする。見間違いだと言うには、小さなずれが多すぎる。


 僕が一歩踏み出そうとした時、リナの手が袖を掴んだ。


「アーテル、待って」


「どうした」


 リナは迷宮を見たまま、息を整える。


「ここ……やっぱり変」


 次の言葉を待つ間にも、風が低い壁のあいだを抜けていく。

 草が揺れる音とは違う。石の間に擦れてヒュウー、と高い音が混ざった。


 リナの目に薄く金色が差す。


「《解読(パース)》」


 出した声は、自分へ言い聞かせるみたいに小さかった。

 言葉にした方が制御しやすいらしい。


「同じに見えるのに、同じじゃない。石の欠け方も、通路の間も。揃えてるように見せてるのに、どこか一点だけ噛み合ってない。自然に崩れた感じじゃない」


「誰かが()()()そう作ったみたいってことか?」


「うん。しかも、普通には見分けにくいように」


 そこまで言って、リナが眉を寄せた。


「……なんか、すごく気持ち悪い」


「入口でこれか」


 さっきまで、迷宮の周辺に冒険に来た――くらいの軽い気持ちだった。

 少し歩いて、周りを見て、周辺の採取をしてから帰る。掘り出しものとかないかなといった、それで十分だと思っていた。


 しかし、今は足元の石一つとっても、何だか空気自体が変わっているように感じる。


 

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