第10話
ヴァレスタの門前でガイールと別れてから、僕とリナは二人で成果を報告しにギルドへ向かう。
夕方が近いせいか、朝より人の流れは落ち着いている。依頼票の前で立ち止まる冒険者はまだ多いが、大半が明日への計画のためだろう。
木札と討伐確認用の依頼票を受付へ出すと、昼に依頼を受けたときとは別の受付係が目を上げた。
「東の林道脇、討伐依頼ですね。確認します」
受付係は依頼票の番号を見て、横の帳面へ目を落とし、そこで初めて僕らの顔を見た。
「グレイマウル、一頭。討伐完了。討伐証明の『耳』もしっかりありますね。補助同行はCランク冒険者ガイールさん、で間違いありませんか」
「はい」
受付係が頷き、討伐完了の印を押す。
冒険者証の木札を木皿の上で軽く揃えてから、返却してくる。
「初回達成、お疲れさまでした。今回の報酬は銀貨二枚と銅貨八枚です。魔核は持ち帰り処理で記録します。こちらで魔核を売ることもできますので、また必要な場合にはおっしゃってください」
報酬としてもらった硬貨が木皿の上へ、固い音を鳴らして落ちる。
たった一頭の報酬だけど、初めてこの世界で「働いて稼いだお金」だ。
リナが硬貨を見て、「……本当に、もらえるんだね」と当たり前のことを言っている。
「依頼を終えたんですから、もちろんです」
受付係は少しだけ口元を緩めた。
「ただ、今日は補助同行の冒険者が付いていましたので、次からは同じようにいくとは限りません。無理のない範囲で依頼を受けてくださいね」
「はい、分かりました!」
リナが元気よく返事をする。
「依頼はここに戻る判断まで込みで受けるものです。今日のように無事帰って来られたのも、十分な成果ですよ」
その言い方が、少しだけ嬉しかった。
勝ったことより、ちゃんと帰ってきたことを勘定に入れてくれる場所。
僕が硬貨を受け取って袋へしまっていると、受付から少し離れた場所に見覚えのある背中が動いた。
カンベリーだ。横にはシンベルもいる。どうやらギルドで商会の用事を済ませていたらしい。
向こうも僕らに気づいたようで、カンベリーが軽く手を上げる。
「戻りましたか」
「今、終わったところです」
「もう初依頼、達成したのですね」
「ガイールが手伝ってくれたよ」
リナがそう言って木札を少し持ち上げると、カンベリーは目を細めた。まるで自分の子どもでも見るかのように慈愛にあふれた眼差しだ。
シンベルが周りの冒険者の声量を気にするように一歩寄ってくる。
「ちょうど良かったです。お二人とも少しだけ話せますか?」
僕らが頷くと、カンベリーとシンベルはギルドの後ろの壁際へ寄り、人の流れから外れた場所へと移った。
そこでさらに声を落とす。
「最近、ヴァレスタでも妙な抜き取りが増えているようです」
「抜き取り?」
リナが聞き返すと、今度はカンベリーが返す。
「荷札や宿帳の写し、門へ出した商品のリストの控え。そういった、名前と行き先が乗ったものだけが抜かれているとのことです。荷そのものには触れない。だから表立って騒ぎになりにくいのです。ヴァレスタの正門に入るときに見た商会の人たちもそれでしょう」
胸の奥が少しだけじわりと痛む。やはり街道食堂だけじゃないようだ。カンベリーが続ける。
「ヴァレスタの街中にある倉庫、荷場、宿の受付。流れを追うための情報のみを狙う手口。やり方が妙に綺麗です」
「……それって、僕らを追ってきているってこと?」
「断言はできません。ただ、用心する理由としては十分でしょうね」
カンベリーはそこで言葉を切り、僕らの木札へ視線を落とした。
「受ける依頼は絞った方がいいかもしれません。泊まる宿は可能であれば今のところから変えないように。名前が残る場所を増やすほど、後を追いやすくなります」
「分かった」
「気をつける」
僕とリナがほぼ同時に答えると、カンベリーは一度だけ頷いた。
「今日はもう日が暮れます。宿へ戻った方がいいでしょう。……ですがその前に――」
そこで少しだけ声がやわらぐ。
「――改めて、初依頼の達成、おめでとうございます。最初の成功はとても大切なものです」
その言葉を、僕はそのまま受け取った。
リナも同じだったらしく、木札を見てから小さく微笑む。
「お祝いというと恩着せがましいのですが……お二人に渡しておきたい物があります。もともと、お二人の側にあるべき物です。ここで出すのは目立ちますので、明日、私どもの荷馬車を入れている倉へ来てください。私かシンベルがいますので」
そう言った後、カンベリーは出口へ向かって行った。シンベルも一礼して続く。
僕たちもギルドの外へ出ると、もう空は赤く傾いていた。街には魔灯が点き、その下を人が歩いていく。
今は自分ができる小さなことを、しっかりと自分の手で積み上げていくしかないのだと、今日分かった。
「ねえ、明日も依頼受ける?」
リナが木札を指で動かしながら聞いてくる。
「受ける。まだまだこれからだ」
グリム・リーガルタイガも虎紋のレンも、僕たちだけの力じゃ全く届かなかった。
あのとき周りの人に助けてもらえなければ、今自分はここにいないだろう。
次に同じような相手が来たとき――また誰かに頼って、その背中に隠れるだけにはなりたくない。
「じゃあ、明日は今日よりもっと気をつけて、ビシッとやってみよう」
「……なんか抽象的だな。まぁ自分たちだけで頑張ろう」
そう答えてから、僕は少しだけ門の方角を振り返った。
石畳の上を人の流れが絶えず過ぎていく。僕らもその流れへ混じるように、宿への帰り道を歩き出した。
明日からは、本当に自分たちだけで稼いで、強くならなきゃいけない。その目標の重さを、今夜はまっすぐ受け止められる気がした。
読んでいただき、ありがとうございます。
ブックマーク等いただけると、大変励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします。




