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第7話

  

 ギルドを出る頃には日が高くなっており、強い光が石畳に跳ねていた。

 荷を積んだ台車が角を曲がり、露店の女が焼き菓子を並べ、迷宮帰りらしい冒険者が泥のついた装備のまま仲間と歩いていく。


 ヴァレスタは、ただ人が多いだけじゃない。

 皆、常に何かのために動いていて、その流れが街のあちこちで重なり合って進んでいる。

 立ち止まっている方が目立つ。そんな空気がある街だ。


「まずは宿が多い区画へ行きましょうか」


 カンベリーがそう言って歩き出し、シンベルも続く。だが、二人とも申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。


「すみません。お二人の寝床までは手助けができません。ここから先を表立って抱えると、かえって目立ってしまいますので」


「はい、ここまで散々助けてもらったので。ありがとうございました」


 僕が答えると、リナもギルドで受け取った冒険者証を握り直してお辞儀をした。


「ありがとうございました。宿も依頼も自分たちでやってみる」


 ヴァレスタの正門をくぐったときから少しずつ気持ちは前を向いていた。

 ギルドで冒険者証の木札を受け取ってからは、その向きがよりはっきりした気がした。

 ここは逃げ込んだ先じゃない。強くなるために動き出す街だ。


 ――ただ、宿探しは思っていたほど簡単じゃなかった。


 最初の宿は、通りに面した大きめの宿だった。

 入口には荷馬車用の水桶が並び、壁には『空きあり』の札まで下がっている。これなら入れるかもしれないと思って戸を開けると、受付をしていた男が僕らの姿を見ると表情を少しだけ変えた。


「泊まりたいのか」


「二人です。一部屋でも大丈夫です」


 僕がそう言って、身分証にもなる冒険者証の木札を預ける。男は奥へ一度だけ目をやった。誰かに判断を仰ぐみたいな目つきだった。


「……悪いな。今日は埋まってる」


 言いながら、壁の鍵はまだいくつも掛かったままだ。埋まっているようには見えない。

 外へ出ると、リナが小声で言った。


「今、空いてたよね」


「……空いてたな」


 断られた理由が部屋の空きの数じゃないことは明らかだった。


 二軒目はもっと小さい宿だった。入口脇に洗濯物が吊られ、昼食の匂いが外まで流れている。今度は僕より先に、リナが冒険者証を出した。


「泊まれますか。今日からしばらく」


 受付の女は木札、次にリナの顔を見て、それから僕の方を見た。その目は僕の髪のところで一瞬だけ止まる。


「黒髪……か」


 女はぼそりと小さく呟いてから、帳面を閉じた。


「悪いけど、うちはやめときな」


「いっぱいだから?」


 リナが直球で聞くと、女は首を振った。


「いっぱいじゃない。でもね、うちは面倒なことになるのは嫌なんだ。いつ、誰を泊めた、どこから来た。そういうのを後からいちいち聞かれると、商売が止まっちまう」


 言い方はきつくない。だから余計にその言葉が本心だと分かってしまった。


「……子ども相手に言うことじゃないけどね」


「分かりました」


 リナはそう返して、木札を受け取った。

 外へ出てからもしばらく前を見つめたままだったので、僕は横から声をかけた。


「ごめん、僕のせいだ」


「違うよ。大丈夫」


 短く返したあとで、リナは少しだけ息を吐いて言い直した。


「殴られるとか追いかけられるとかじゃなくても、ちゃんと居場所って削られるんだね」


 その言葉は重かった。

 こっちが何もしていなくてもそういう拒まれ方もあるのだと、僕も今さらながら分かった。

 子どもの冒険者は問題を呼びやすいことくらいは経験から分かっているのだろう。


 三軒目へ向かう道は、わざと明るい店先を選んで歩いた。暗い裏路地に入ると、断られるたびに気持ちまで沈んでいきそうだったから。


 通りの角で、焼き立ての平パンを売っていた屋台のお婆さんがこちらをじろりと見た。その視線が僕らを通り越して少し後ろへ流れる。


 振り向くと、カンベリーが別の店先の商品を見ているフリをして立っていた。シンベルは紙束を抱えたまま道の向こう側からちらちらと見ている。

 ガイールに至っては最初から隠す気がないみたいに、肉屋の軒先で串を齧って凝視してくる。


 ついて来ている。

 皆、心配性だな……。


 ふと、そのとき三人とは逆の方向からも視線を感じた。振り返ってみたが、その瞬間には消えていた。


「……何か、嬉しいかも」


「だな。だが、喜ぶのは宿が決まってからだ」


 三軒目も同様に断られたため、四軒目は少し変えて表通りから外れた宿へ行ってみることにした。

 そこは大きくはないが、玄関先の掃除が行き届いていて、窓辺の鉢植えも枯れていない。こういう宿の方が、変に人目が集まらないかもしれない。


 僕が木札を出し、リナが口を開く。


「二人で泊まりたいんです。どんな部屋でもいいので」


 宿の女将は木札を見て、それから僕らの足元を見た。泥の乾き具合、荷の少なさ、服の擦れ。そういうものを見ている目だった。


「仕事は?」


「今日、ギルドに登録したばかりです。でも、これから依頼は受けます」


「お金は?」


 僕は手持ちの銅貨と銀貨を見せた。見せすぎる必要はないが、まったく無いと思われるのもまずい。女将はそこで初めて少しだけ考える顔になった。


「とりあえず一晩なら貸すよ。ただし先払い。朝飯は別。騒いだら追い出す。問題ないなら継続する」


「それで大丈夫です」


「あと、余計な照会が来たら、うちは知らない顔をする」


 むしろ知らない顔をしてくれたほうが良い。

 僕とリナは顔を見合わせ、ほとんど同時に頷いた。


「お願いします!」


 女将が鍵を置く。その乾いた音で、ようやく今夜の寝床が決まったのだと実感した。


「部屋は狭いよ。文句は聞かないからね」


「ありがとうございます」


 僕が頭を下げると、女将は鼻を鳴らした。


「……井戸は裏、湯は日が落ちる前なら少しだけ使っていいよ」


 ぶっきらぼうな言い方だったが、別に言わなくていいことまで教えてくれた。


 一旦宿を出たところで、道の向こうの露店にいたカンベリーたちがこちらへ視線だけ寄越した。僕らが小さく頷くと、彼らもほんの少しだけ顎を引く。


 その後は三人とも満足そうに散っていくのだった。




■硬貨について

硬貨は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨……となっていきます。


価値としては、

鉄貨1枚……10円

鉄貨10枚で銅貨1枚……100円

銅貨10枚で銀貨1枚……1,000円

銀貨10枚で金貨1枚……10,000円

金貨10枚で白金貨1枚……100,000円


※白金貨は高額取引や大口報酬で用いられる上位硬貨で、一般的に手にする機会はあまりない。


※その上に王金貨(100万円)というものも一応あるがほぼ流通することはない。

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