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第6話


 交易都市ヴァレスタの中に入ると、まず匂いや音が多いことに気が付いた。


 焼いた生地の甘い匂い、獣脂の匂い、香辛料、革や木箱、濡れた石畳、荷馬などの匂い。

 子どもたちが駆け、道行く大人たちが打ち合わせしながら歩いている。第一印象は『賑やか』だ。


 視界の先には露店が並び、布を張った屋台の前で客が足を止め、荷を積んだ台車が行き交っていた。

 冒険者らしい人も多い。剣や槍を背負ったまま、朝から串焼きを食っている人、壁際で依頼票を読みながら口論しているパーティ、迷宮帰りなのか装備の泥を落としきれていないまま歩いている人。


 リンドリウムと違って、道行く人々の活気があるように思えた。


「すごい⋯⋯」


 リナは圧倒されたように零す。

 その声には安堵の息も混じっているのが分かった。


「人が多いな」


「多いですね。ヴァレスタはこの辺りだと栄えている街の一つなので。昨日お話した通り、人々が仕事を求めて集まる街ですからね」


 カンベリーが丁寧な口調で教えてくれる。

 門から少し離れたタイミングで、ガイールが周囲を見ながら口を開いた。


「門は抜けたが、安心しすぎるなよ。何か仕掛けてきてもおかしくはない」


 僕は門の方を振り返った。門番の脇ではさっきの役人が別の用紙に何かを書きつけている。

 顔や荷物、人数、商会名――何かがこの都市の役所の記録に残ったことだけは分かる。


 カンベリーはそのまま、荷馬車を所定の倉庫へと入れた。

 街中の石畳は正門付近ほど磨かれていないが、街全体がきれいで整っている印象を受ける。

 左右には倉庫らしい建物や二階に住居が乗っかっている店舗がずらっと建ち並んでいる。


「ではこのまま冒険者ギルドへ寄ります」


 シンベルが言う。


「宿より先だな。冒険者登録を済ませておけば、今日のうちに依頼も受けられるぞ」


「登録は急がないとだめなの?」


 ガイールの言葉にリナが問い返す。


「街に着いた直後にやるべきことを済ませておけば、後が楽になるだろ。特にこういう広い街ではな」


 少し歩くと、通りの先に石造りの大きな建物が見えた。

 剣と秤を重ねたような絵が刻まれた金属の看板が掛かっている。出入りする人間の数も多く、それに武器持ちばかりじゃない。

 薬袋を抱えた女、木箱を運ぶ男、片足を少し引きずりながらも報告書らしい用紙を持っていく者。

 ギルドは戦う人だけの場所じゃなく、街の流れをまとめる場所も兼ねている。


 扉の中へ入ると、木とインクの匂いがすぐに広がった。

 正面に受付がいくつか並び、壁には依頼票が何枚も貼られている。いろいろな声が聞こえてくるが、怒鳴り合いにならない程度に声量は抑えられていて、目につく人それぞれが自分の用件を急いでいる。


 カンベリーは迷わず右端の受付へと向かった。

 ベテランっぽい年配の受付係が顔を上げ、商会章を見てすぐに帳面を引き寄せる。


「ルベル商会様。ご到着ですね」


「はい。特に問題はありませんでした。荷物は指定されていた倉庫へこの後、搬入予定です。今日は新規の登録を二名、お願いしたいのですが」


「身元は商会預かりで?」


「はい、それで大丈夫です」


 受付係の目が僕らへ向く。値踏みする目ではなく、帳面へ落とし込む前の確認の目だ。


「では、お名前を」


 ここでも偽名だ。カンベリーによれば、ギルドといえど支部も違う。内部にどういった人物がいるかもわからないため、この街では偽名でしばらく通すとのことだった。


「アトルです」

「ミナです」


 受付係は羽根ペンを動かしながら、すらすら書いていく。


「年齢はわかる範囲で構いません。12歳は超えていますよね? この依頼文書通り、出身は商会預かり扱いにしておきますね。登録後は今日から依頼を受けられますよ」


 先ほどガイールが言っていた通りだ。言い方は淡々としているが、僕らが子どもであることを少し心配しているのか、あるいは気になっているのかという表情にも見える。

 リナもそれを感じたのか僕の方を見てくる。それを見てカンベリーが横から静かに尋ねてくる。


「二人とも年齢はわかるのかい?」


「僕は十六歳くらいだと思う」


 僕が何となく頭に浮かんでいた年齢を答えるとリナも続いた。


「私は十四歳」


 受付係はそれを受けて、二枚の薄い木札を出した。簡素なもので、名前と番号それにヴァレスタ支部の刻印だけが小さく入っている。


「失くさないようにしてください。街で身分を聞かれたときにも一応使えますので」


 受け取って手元で確認する。

 木札は軽い。軽いのに、持った瞬間に「この街に滞在する人間」として認められた感じがして、少し嬉しかった。偽名だけど。


 ガイールは用が済んだ顔で踵を返しかけたが、ふと壁の掲示板へ目を向けて立ち止まった。

 僕らもそれにつられて掲示板を見る。壁一面に依頼票が貼られている場所。その一番端辺りをガイールが見ているので、そちらを見る。

 新しく重ねられた依頼票がまだ反っていて、貼ったばかりだと分かった。


 上から順に目で追う。


 ――迷子の猫探し

 ――街の水路掃除

 ――教会の倉庫片付け

 ――バラン森の外縁の魔獣駆除

 ――街道沿いの見回り

 ――翠緑の迷宮周辺の巡回補助

 ――ルルレーダンの迷宮の浅瀬採掘⋯⋯等々


 どれも文は短いが、その短さの中に「この街で何をすればよいのか」がわかるようになっている。

 ヴァレスタ周辺に二つあると聞いていた迷宮は、『翠緑の迷宮』と『ルルレーダンの迷宮』という名前らしい。


「バラン森の外縁の魔獣はGかFランクがほとんどだ。街中の依頼と共に、冒険者としては『駆け出し』が最初に受ける依頼だな。登録した後は、Fランクから始まって実績を重ねて冒険者ランクを上げていく」


 横からガイールが言う。

 指で依頼票の端を軽く叩きながら、慣れた目で見ていた。


「ただ、冒険者ランクを上げるには『絶対条件』がある。それが紋章の『位階』だ。位階が上がらない限り、いくら実績を積んでも冒険者ランクは上げられない」


「自分の位階ってどうやったらわかるの?」


「胸の紋様に層が追加されていくんだ。一層、二層⋯って感じでな。まぁお前らならいいか、ちょっと見てみろ」


 そういってガイールが端に寄ると、自分の服を少し開いて見せてくれる。胸元に覗く紋章の外側へ、元の意匠をなぞるように三層の線が重なり、紋全体が僕らのよりも一回り大きく見えた。


「とまあ、こんな感じで自分の『位階』を証明すること自体は簡単なんだ」


「へぇー、かっこいい紋様。ガイールはどんなことができるの?」


「⋯⋯俺って普通に呼び捨てされてたっけ⋯⋯。まあもうお前らも冒険者だからな。冒険者同士の敬語なんか舐められるだけだ。ただ、必要なときには使えるようにしておけよ」


「はーい!」


 リナが嬉しそうな声で言う。


「俺は『狼紋』だ。スピードと一撃の威力に特化している技をいくつか使える」


 ガイールは満足げに笑うと、追加で自慢を入れてくる。


「いわゆる巷では、『上級冒険者』っていわれるのが俺みたいなCランク冒険者からだぜ」


「ガイールってすごいんだ。『Fランク冒険者』から始まるってことは⋯⋯三つも上」


 リナが指を折りながら数えていく。


「まぁ俺はお前らの倍くらい生きてるからな」


「ガイールってそんなにおじさんだったの?」


「おい、俺はまだぎりぎり二十代だ⋯⋯」


 少し凹みながらも、依頼票の掲示板を指さす。


「話は戻るが、この依頼――森の見回りは、魔物を倒すだけじゃない。荷馬車の通る道を確認して、荒れてる場所があれば報告する。これは戦いが少ないぶん、初めてでもやりやすいと思うぞ」


 次に、その隣の紙へ視線を移す。


「あと、迷宮周辺の巡回補助だけは少し難易度的には上だな。外縁だけとはいえ、Eクラス帯が混じることがある。無理して選ぶ依頼じゃねえな」


 依頼票の右下には、小さく推奨の冒険者ランクが書かれているものも多い。

 冒険者ランクF以上推奨など。

 それだけで急に現実味が増した。今の僕らでも届く仕事が、ちゃんとここにある。

 リナも同じところを見ていたらしく、木札を握ったまま小さく呟いた。


「⋯⋯最初の依頼どうする?」


「うーん⋯⋯――」


 ガイールが先に答えた。


駆け出し(Fランク)は無理すんなよ。実績をしっかり積んでいけば、指名依頼なんかも来るようになるぜ。今回のこのギルドの任務はまさに俺への護衛指名依頼だ」


 ガイールが誇らしげに胸を張っている。僕は掲示板から目が離せなかった。

 森、街道、迷宮⋯⋯。

 依頼票に並んだその文字の先に、僕は初めてこの街で生きていく方向を見た気がした。

 今回はリンドリウムのように、逃げ込んだ先じゃない。

 ここは、強くなるための土台を作る街なのだから。





  

■ 冒険者ランク

Fランク:位階0(見習い級)

Eランク:位階1(初級)

Dランク:位階2(中級)

Cランク:位階3(上級)

Bランク:位階4(一流級)

Aランク:位階5(超一流級、国に十数人)

Sランク:位階6(国宝級、国によっては不在)

SSランク:位階7(大陸級、大陸に数人)

SSSランク:位階7+α(全世界級、未知)

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