第5話
門の脇へ寄せられた荷馬車の列は、正門へ続く本流から少し外れているだけなのに、空気の重さがまるで違った。
正面の本列では荷馬車が進むたびに車輪が石を鳴らし、門番の声が一定の調子で流れていく。
だが、こちらはその流れから切り離された場所だ。
止められた者だけが並び、待つ間の会話には、苛立ちと諦めが混じっている。
こちら側にいる別の門番に対しても、他の商人が何度も同じ説明をしていた。
「――だから、荷は全部あるんです。抜かれたのは書類だけで……」
「書類がなければ通せん。荷が本物でも関係ないのだ」
「おそらく昨日の露営のときにやられたんですよ。戻れと言われても、どこへ戻れって――」
「それはこっちの仕事ではない」
切られるように会話が終わる。商人は何か言い返しかけて、けれど門の前で揉めても得がないと分かっているのか、歯を食いしばって荷馬車を引いた。
書類があるかないか。それだけで通れるかどうかが決まる。
僕はその現実を目の前で見せつけられ、背中が汗をかくのを感じた。昨夜の荷探りは、やはり荷そのものじゃなく書類を狙っていたのだ。
カンベリーは馬の首筋を軽く撫でながら、僕らを振り返らずに言った。
「ここは腕の強さより、書類の有無が先に効く場所です」
淡々とした声だったが、軽くはない。
「情けはかけてくれません。きちんと揃っているかいないか。それだけで動きます」
リナが小さく息を吸った。
「……じゃあ、書類を抜かれた人は、それだけで入れないの?」
「ええ。荷が本物でも、本人が本当のことを言っていても、通れないときは通れません」
カンベリーが答える。
「だから我々商会は荷と同じくらい書類を守ります」
ガイールが列の外から戻り、短く言った。
「やっぱりさっき止められてた連中、二台とも完全に書類だけを抜かれてる。荷に手を付けてないぶん、狙いがはっきりしてるな」
「こちらの商会の書類は隠し札で守っていましたからね。無事で助かりました。しかし――」
シンベルが言いながら、二重に巻いた油紙の包みを膝の上で確かめる。封は乱れていない。角も潰れていない。
なぜ止められたのかがわからない。
門番が二人、こちらへ来た。片方は最初に僕らを脇へ寄せた男で、もう片方は上官らしい役人だ。役人の方が荷馬車の横で止まり、書類を受け取る前に僕らと荷をひと息に見た。
「ルベル商会。ギルド委託の荷、だったな」
「はい。こちらが原本で、こちらが控えになります」
シンベルが差し出した紙を、役人が無駄のない動きで受け取る。封の印、契約印、宛先、荷目録。目線が流れるたび、指先が紙の端を押さえ、折り目の深さまで確かめているように見えた。
「封は開ける。規定数だけだ」
「どうぞ。読み上げは私が行います」
シンベルが言うと、役人は頷きもしないまま、門番へ顎を振った。
木箱が一つ、荷台の前から下ろされる。印を見て、封の位置を確かめ、刃を入れる。蓋が開くと、中には油紙で巻かれた釘束や留め具が、仕切りごとにきっちり収まっていた。門番は上の束を二つ持ち上げ、その下まで目を走らせ、底の方へ指を差し入れて別の物が隠れていないかだけを確かめて戻す。
「次」
二つ目の箱には、打ち直し前の鉄板片と、包み分けされた焼け残りの薬材や空き瓶が詰まっていた。こちらも上から下までざっと見て、薬材の包みを一つ裏返して印を確かめると、すぐ閉じる。
そこで役人の目が、荷台の隅に置かれていた細長い包みに止まった。
「それは何だ」
僕の背筋が先に固まった。ロンネスが用意してくれた荷物の横に置いてあったのは『朧差』だ。
カンベリーが間を置かずに答える。
「荷番の護身用です。街道では魔物が出ますので」
「見習いにも武器を持たせるのか。護衛の冒険者を雇っているだろう」
「我々の商会では使えるものには持たせます。荷を守ること、そのために必要な戦いも含めて指導しておりますので」
カンベリーの声は変わらない。飾りも弁解もない。役人はそれ以上何も言わず、包みの端を少しだけ持ち上げて形を確かめてから戻す。
「荷番の子どもの名をもう一度」
門番が指示する。
僕らはすぐに口を開いた。
「アトルです」
「ミナです」
役人の視線が一瞬だけ止まる。顔を覚えるための見方ではなく、書類と声が噛み合っているかを測り判断している目。
「……よし。いいだろう」
それだけ言って、書類を閉じた。
僕はそこでようやく、止めていた息を少しだけ吐いた。まだ通れたわけじゃない。だが、止める理由を探す雰囲気ではなくなったのは分かった。
役人は最後にシンベルへ用紙を返しながら言った。
「控えはこっちにも残す。ギルド委託分は今後も同じだ」
「承知しています」
「中で騒ぎを起こすな。今は少し厳しくなっていてな」
今度はカンベリーが頭を下げた。
「ええ。余計な騒ぎは起こしません。お手数をお掛けしました」
門番が脇を払うように手を振る。
「通れ」
そのひと言でやっと動き出すことができた。
荷馬車が石の繫ぎ目を越え、門の影へ入る。
頭上の石壁が近く、朝の光がいったん細く切られた。左右には分厚い扉板と、槍を立てた門番。
上には見張り台があって、弓を持っている兵士が二人、街道の方を黙って見下ろしている。
ヴァレスタの正門を抜けた瞬間、空気が変わった。
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