閑話「神聖国セラフィス」
とある遠い国の話。
正確な距離を知っている者は少ない。ただ、旅商人と巡礼者、聖職者などの手紙では、確かにそこを「世界の中心」みたいに語る人もいる。
神聖国セラフィスの王都『セントパレス』には、白い宝石で積まれた大聖堂があるという。夜でも薄明るく、雨が降ってもくすまない。
火を焚かなくても、白い明かりがそこにある。
そして、その中心にいるのが、白の巫女だ。
白を司る紋章と言われ、神聖国セラフィスはそれを隠すのではなく、国をあげて祭り上げている。
かつて、建国時より国そのものが『白』に寄り添う形で造られているとも言われているほどだ。
儀式の日、白の巫女は担がれて現れる。
白衣の女たちが四方を固め、鈴の音と、祈りの声が階段を流れる。誰も白の巫女の顔を直視しない。直視できないのではなく、直視しない。
それが畏れの作法であり、国の規律だ。
巫女は幼いらしい。ただ、名も年も外には漏れない。ただ一つだけ、確かな噂がある。
――白の巫女は『神』と対話する。
紋を持つ者が一方的な神託を受けること自体は、位階が上がれば起こり得る。
だが『対話』――互いに言葉を返し合うのは、この国でも白の巫女だけが持つ特権、と囁かれている。
巫女は神と対話できる。だからこそ国の柱となる。柱は磨かれ、同時に奪われないように囲われ、護られる。
そして、その囲いは静かに広がっていく。
国境の外へ出る騎士団。いつもより厚い巡礼の列。増える聖職者。名もない町にまで配られる白鈴。
表向きは慈善。
だが裏の目的は一つ――『色』の匂いを嗅ぐこと。
その頃、神聖国セラフィスに届いた報せは、火と煤の匂いを帯びていた。
ブラン王国の鍛冶の街『リンドリウム』が焼けた。虎紋派が暴れた。
――そこに、黒が出た。
大聖堂の奥で、白紋の巫女が小さく首を傾げた。
誰も顔を見ていないはずなのに、なぜか皆が同じ仕草を語る。
司祭が低い声で言った。
「かの国で黒が表に出ました」
「……なら、白も動くべきです」
儀式の鐘が鳴る。
巫女が担がれる。白衣の列が階段を満たす。
その白の流れの中で、一人だけ異質な影が動いた。
白ではない服。白ではない沈黙。
白の国の中で、白のために働く『外の手』の一人。
その者たちが何者かは、白以外には分からない。
ただ、都の外へ出る準備だけが整っていく。目的地は一つ――煙の匂いがまだ残る、鍛冶場の街へ。
黒が表に出た。だから白は動く。
世界はそういう風に出来ている。




