表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/82

第16話


 夜の廃炉のはずなのに、辺りは昼間みたいに明るかった。

 男が纏っている雷光が崩れた鉄骨も、灰の積もった地面も、容赦なく照らしているせいだ。

 

 男は腰の剣を抜かない。抜くまでもない――そう言われているようだ。


 手首を軽く払う。たったそれだけの動きで、雷撃が生まれる。発生した雷撃は枝分かれしながら僕の前方へ回り込み、雷鳴を引きずって逃げ道を塞いでくる。

 まるで蛇みたいに地面を這い、進路を変え、獲物を囲うために何度でも方向を変える。


 僕はそれを真横へ飛んで避ける。

 靴底が灰を蹴り、砕けた金属片が散る。


 ――だが、読まれていた。


 雷撃はさらに地面を走って先回りすると、足元の石ごと弾けて火花が散り、その熱が僕の脛を撫でた。遅れて衝撃が脚を吹き飛ばす。


 一瞬触れただけで意識を持っていかれそうになった。もう一度あれに当たってはいけない。


 次の攻撃に対し、僕は《黒穿》を『点』で走らせる。

 騙紋との戦いの中で、黒点を撃つことができるようになってきていた。 


 ただ、今は大きく使わない。――避けるために軸をずらすだけだ。

 放たれた雷撃の隙間に対して《黒穿》を撃つことで、軌道を捻じ曲げることに成功した。

 掠めた電が背後へ抜け、次の瞬間――後方の壁が爆ぜた。



 爆発と轟音。 


 灰と火花が派手に吹き上がり、熱風が頬に触れる。

 崩れた鉄片の一部が甲高い音を立てて転がっていった。

 攻撃の位置をずらしただけだ。だが、今はそれで良かった。


 ――爆発の隙に、僕はさらに足を動かしていた。


 逃げるだけじゃ足りない。

 笑顔でこちらを見ている男へ、逆にこちらから距離を潰しにいく。追い詰めるのは無理でも、見せるべき手はある。

 

 この雷撃の間合いで攻撃を受け続ければ、いつか終わるが来る。それなら、相手との距離を早く乱す方が良い。


 僕は小太刀を握り直し、なるべく近づいてから水平に斬りつけた。

 踏み込みは浅くして、最短、最速で斬る。

 読まれているのだろう、男が肩を引くだけでこちらの刃は届かなかった――はずだった。


 男の周囲の空気が、()()()裂けた。


 布を裂くより薄い音がして、着ている外套の端が、指先ほど――切れて、はらりと落ちていった。


 ――刹那、ぞっとする悪寒が体中を駆け巡った。



「……へぇ」



 男から放たれた強烈な殺気。笑みが深くなる。  

 空気の温度は高いのに、肌の内側だけが冷える。


「その小太刀、"遺物"だね。しかも――軌道が嘘をつくタイプか。面白い」


 即座に判断してくる。でも、僕自身は意図して小太刀の技を使ったわけじゃなかったため、噛み合っていない感覚にやや戸惑っていた。

 

 自分で振った刃の動きが、今の記憶とずれている。腕が通った軌道と、切れた場所が一致しない違和感。


 ――当たっていないのに、遅れて斬れる。

 最悪の手触りだが、相手の反応をみると、実はかなり使える能力かもしれない。


 殺気の中、男の目からは楽しさが消えたわけじゃない。むしろ――火がついたみたいに笑った。

 足の置き方が少し変わる。今までより、僅かに前のめりになる。


「それ、使いこなせたら――もっと面白そうだ」


 僕を褒めたのか、確かめたのかも分からない。

 ただ、評価されたことだけは分かった。無論、嬉しくなんてない。獲物の動きが面白いから、もっと遊びたくなった――そういう類の目だ。


 男の手掌が、天へ向いた。指先が夜空をなぞるみたいにゆっくり上がる。


 一瞬だけ、雷が消えて世界が静かになった。


 静けさのあとに来るものを、脳が言葉より先に『危険』と警笛を鳴らした。




 ――逃げろ。避けろ。




 今すぐ――そう頭が必死に叫ぶのに、足はもう動かない。筋肉が先に硬直し、呼吸すら浅くなっている。



 次の瞬間、上から。四方から。地面から。雷撃が落ちてくる。雷流が縦横に走り、交差し、空間に陣を描く。


 地面と空気が同時に焦げる匂いを発した。

 視界のあちこちで青白い線が増殖し、逃げ場のない罠が完成した。


「《縛雷陣(ばくらいじん)》」


 地面に刺さった雷が幾重にも広がると、僕の脚とその周囲を舐め、全身を硬直させた。


 膝から下に熱した鉄を流し込まれたみたいな痛みと痺れ。意志と関係なく、身体が動かなくなり、僕はその場に倒れ込んでしまった。

 

 膝が笑う余地すらなく、地面に縫い止められる。

 頬のすぐ横で火花が弾け、焼けた石の匂いが鼻を刺す。



 ――だが、完全に終わりじゃない。



 視界が薄くなる。輪郭だけが残る。

 音が遠のき、逆に、雷の流れだけが妙にはっきり見えた。縛りの『核』が見えた。

 

 地面に刺さった一本の雷の杭。固定しているものは、『あれ』だ。


 僕は倒れたまま、指先だけで小太刀を握り直す。

 指が痺れてうまく閉じない。爪の先に力を寄せるみたいにして、どうにか掌に柄を掴ませる。

 

 そのまま、握り締めたまま『黒』を込める。

 小太刀の刃の先だけが一瞬、漆黒に染まった瞬間、一度だけ撃った。


 届くはずがない、男もそう思っていたのかもしれない。しかし、その黒点は僕の脚につながっていた雷の根幹を撃ち抜いた。


 縛られている雷の張りが緩む。

 さらに反対側の手で《黒穿》をもう一度。本来の攻撃の位置から僅かに外れたが、それでいい。


 壊すんじゃない、『ずらす』だけ。  


 『黒』が雷の杭の脇を削り取り、また一段と拘束が緩む。絡みついていた雷がわずかにほどけ、足が少しだけ自由になった。


 それを見て、男の笑みはさらに深くなる。

 足取りがさっきより速いが、焦ってはいない。楽しんでいる速さだった。


「その見た目で覚醒済み。戦いに喰らいつく精神と未知のスキル。……面白い、実に」


 全身が痺れて何も答えられない。ただ、殺す気ならすでに終わっているはずだ。そのくらい力量に差がある。

 それが分かるからこそ、余計に腹が立った。


 ――見世物じゃない。試験でもない。


 男が自分から近づいてくる。これはチャンスだ。

 《縛雷陣》にもう一発――と思った瞬間、男は僕に向けて雑に手を振り下ろした。


 

 ――真横に雷が落ちる。



 僕からわざと外して、離れた瓦礫へと叩きつける。

 眩い閃光。遅れて炸裂音。灰と石が飛び散り、瓦礫が崩れ落ちた。

 その衝撃で床が小さく浮いたみたいに僕の体が跳ねる。


「最後まで諦めない。そして、常に相手の隙を突こうとする。――悪くない。あぁ、()()()()


 呼吸が乱れる。怒りなのか恐怖なのか分からない。喉が熱く、胸の内側だけが冷たくなっていく。殺されないとしても、ここで折れたらダメな気がする。


 さっきの合間に《縛雷陣》がまた僕の足を縛っている。この体に触れているところからさえ出られれば――。


 何とかわずかに動く指先を使って《黒穿》を『点』で撃った。再度、雷に縛られている部分に当ててずらす。

 雷の圧が一箇所だけ薄くなり、そこから空気が流れ込んでくる感触があった。

 動けた。だが、完全には解けていない。

 それでも、一歩だけ出られる。この一歩で十分だ。


 男の目が、さらに楽しそうに光った。瞳の奥で雷光が跳ね、笑みの輪郭が濃くなる。


「――それだ」


 男は、笑ったまま、こちらへ向き直る。

 外套の裾がふっと翻り、その周囲の空気が帯電して細い火花を散らした。


 夜の溶鉱炉に、雷鳴が轟く。

 ここが薬師の言った約束の場所であることを、僕はもう忘れかけていた――しかし、同時に理解してしまう。


 ――最初から、僕を『試している側』の人間だ。


 次の雷が落ちる前に、僕は小太刀の柄をもう一度だけ無理矢理握り締めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紋章/能力バトル/ファンタジー/逃亡劇/神話/成長/レベルアップ/属性
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ