第10話
僕らはしばらく隠れる、休むを繰り返しながら歩き続けた。これ以上歩くことは限界になった頃合いで、辺りにあった大きな倒木の影へと潜り込んだ。
そこでようやく、ちゃんと息をつくことができた。
真夜中の湿った匂い。土の匂いと鼻の奥に残る鉄の味。
横になったリナが浅い呼吸で眠るのを確かめていた、そのとき――。
『よく……やった……紋滓……吸収……』
紋滓? あの光る粒のことだろうか。
あの女との戦いの後、光る粒のような粉のようなものが舞って、胸の紋章に吸い込まれていく直前、光が急速に失われ、煤のような黒粉に変わったのを思い出す。
『我の名……ディア。ようやく……名乗れた』
その名を聞いた瞬間、胸の黒痕が熱さではなく、強い重みに変わった気がした。
この世界では誰もが胸に紋章を持って生まれるという。神から刻まれる紋印。
「……わからないんだ、自分の名前。もう覚えていない」
転生してから、まだそれほど時間が経っていないはずなのに、これまでの記憶はほとんど消えかけている。
「転生者……なる。無……我が……名を付けよう』
それが何を意味するのか、このときの僕はまだ知らなかった。
『お前の名は……アーテルだ』
「……アーテル」
その名を口にすると、少しだけ現実味が増した。
『黒を指す……言葉。護りにも……ろう。強く……な
れ……。紋を……狩って……』
ディアとの回線がこれを最後にぶっつりと途切れた感覚があった。
『紋章』を狩る――それは簡単な話ではない。
相手の紋章を傷つけて取り込むことをそう呼ぶのだろうが、人間同士が倒すか倒されるかの世界の話だ。
遠くの方で、オオカミのような鳴き声が聞こえた。
この世界には野生の動物もそうだが、魔物などもいるのかもしれない。
今、襲われたら勝てない。
時間はもう少しで明け方だろうか。少し夜の闇が引いてきたような気がする。
競り場はすでに僕らの脱走に気付いているだろうか。
そうだとすれば、追跡が来る。
競り場か、虎爪か――それとも別の何かか。
区別する手段も、余裕もこちらにはない。
僕はリナへ肩を貸した。
「……行こう」
彼女は小さく目を開けると、辛うじて頷く。
僕らは最初の一歩を、もう踏み終えている。
逃げ道じゃない。
狩りの――復讐の一歩を。
【現在のステータス】
名前:アーテル
紋章:黒紋
種別︰不明紋の一種。詳細不明。
位階:0
技能:《黒穿》(*初歩レベル)
加護︰名付けの加護《黒》
装備:小太刀《騙》
備考:元日本人、黒髪黒眼、16歳くらい
(覚醒の年だが、異世界転生によりすでに覚醒済み。見た目より若く見られやすい。
―――――
名前:リナ
紋章:解紋
種別︰事象紋
位階:0
技能:《解綻》(縄や拘束具を解除できるレベル)
加護︰不明
装備:なし
備考:ローイン村出身、金髪赤眼、14歳。
正式鑑定済み、禁忌覚醒(+)




