第9話「迷宮実習と即席パーティー」
王立学園のカリキュラムには、実践的な戦闘訓練が含まれている。
その最たるものが、学園の地下に広がる古代遺跡を利用した「迷宮実習」だ。
地下迷宮は魔物が徘徊する危険地帯だが、結界によって管理されており、生徒の実力に合わせて階層が制限されている。
今回は一年生全体での合同実習で、くじ引きによって即席のパーティーを組み、指定されたアイテムを持ち帰るという課題が出された。
「なんで……なんでこうなるんだ」
わたしは集合場所である広場で、自分の運の悪さを呪っていた。
手元のくじに書かれた番号は「1」。
そして、同じ番号を持つメンバーが、わたしの目の前に集まっていた。
一人は、意気揚々としているカイル様。
もう一人は、おどおどしながらもやる気に満ちたノエル。
そして最後の一人が、不敵な笑みを浮かべているジェラルド王子だった。
『地獄か? ここは地獄の釜の底なのか?』
メイン攻略対象、主人公、悪役令息、そして隠れオメガのモブ従者。
物語の主要人物が勢揃いする、爆発寸前の火薬庫のようなパーティーだ。
カイル様は王子と同じ班になれたことで有頂天になっているが、ノエルは王子のオーラに圧倒されて縮こまっている。
そしてジェラルド王子は、獲物を見定めた肉食獣のような目でわたしを見ていた。
「面白い組み合わせになったな。よろしく頼む」
王子の言葉に、カイル様が食い気味に答える。
「はい! このカイル・ヴァイオレット、殿下の盾となり矛となり、必ずやお役に立ちます!」
「……期待している」
王子の返事はそっけない。
彼の視線はすぐにわたしへと移った。
「リアン、お前は後衛で支援に徹しろ。俺の背中は任せる」
「は、はい……」
「えっ、殿下? リアンはただの従者ですよ? 支援なら僕が……」
カイル様が口を挟むが、王子は冷ややかに一瞥しただけだった。
「お前は前衛だ。風魔法で敵を撹乱しろ。ノエルは中衛で回復と浄化を担当。バランスはこれでいい」
有無を言わせぬ指揮。
わたしたちは地下迷宮の入り口へと足を踏み入れた。
冷たく湿った空気が肌にまとわりつく。
薄暗い通路を、魔法の灯りを頼りに進んでいく。
先頭はカイル様と王子、その後ろにノエル、最後尾にわたしという陣形だ。
「わあ、すごい……壁が光ってる」
ノエルが物珍しそうに周囲を見回している。
彼は平民出身なので、こうした古代遺跡を見るのは初めてなのだろう。
その無防備な様子に、わたしは少しだけ保護欲をかき立てられた。
彼はこの世界の主人公だが、今はまだひ弱な雛鳥だ。
この危険なダンジョンで彼を守るのも、わたしの役目かもしれない。
「ノエル君、足元に気をつけて。苔で滑りやすいから」
「あ、はい! ありがとうございます、リアンさん」
ノエルが花が咲いたような笑顔を向けてくる。
可愛い。
オメガ同士の親近感というか、共鳴する何かがあるのかもしれない。
わたしが微笑み返すと、前方から氷のような視線が突き刺さった。
ジェラルド王子が振り返り、わたしとノエルを交互に見ている。
「……無駄話はそこまでだ。敵が来るぞ」
王子の警告と同時に、通路の奥から複数の影が現れた。
ゴブリンの群れだ。
低い唸り声を上げ、錆びた武器を構えて襲いかかってくる。
「ひっ!」
ノエルが悲鳴を上げる。
カイル様は一瞬怯んだが、すぐに杖を構えた。
「く、来るな! ウィンド・カッター!」
放たれた風の刃が先頭のゴブリンを切り裂く。
威力は十分だが、狙いが甘い。
残りのゴブリンたちが散開し、側面から回り込もうとする。
「カイル様、右です!」
わたしが叫ぶと同時に、右側の壁から飛び出してきたゴブリンに向けて、水弾を放つ。
あえて威力を抑え、敵の足元を狙って転倒させる。
そこへジェラルド王子が流れるような動きで剣を振るった。
銀閃が走り、ゴブリンの首が飛ぶ。
魔法と剣技を併用する魔法剣士スタイル。
その動きは舞踏のように美しく、無駄がない。
「すごい……」
ノエルが見惚れている間に、わたしは背後から忍び寄る別の影に気づいた。
天井に張り付いていた大蜘蛛だ。
それがノエルの頭上へと落下しようとしている。
「ノエル、上だ!」
わたしはとっさに前に出て、ノエルを突き飛ばした。
同時に、隠し持っていた短剣で上を切り払う。
従者としての護身術だ。
大蜘蛛の牙がわたしの腕をかすめ、制服の袖が裂ける。
鋭い痛みが走ったが、致命傷ではない。
「リアンさん!」
「大丈夫、かすり傷です」
わたしが体勢を立て直そうとした瞬間、轟音とともに大蜘蛛が消し飛んだ。
ジェラルド王子が放った雷撃魔法だ。
黒焦げになった蜘蛛の残骸が床に落ちる。
王子は剣を収め、大股でこちらに歩み寄ってきた。
その顔は怒りに満ちていた。
「馬鹿者が。なぜ無防備に飛び出した」
「ノエル君が危なかったので……」
「自分の身を守るのが最優先だと言ったはずだ!」
彼はわたしの傷ついた腕を掴み、乱暴に袖をまくり上げた。
白い肌に赤い線が走っているのを見て、彼の瞳が揺らぐ。
怒りだけではない、焦燥と、そして深い痛みがそこにはあった。
「……手当てをする。じっとしていろ」
彼は懐からハンカチを取り出し、傷口に当てた。
そして、無詠唱で治癒魔法をかける。
温かい光が傷を包み込み、痛みがあっという間に引いていく。
カイル様とノエルが呆然と見守る中、この親密すぎる光景は異様だったはずだ。
だが、ジェラルド王子は周囲の目など気にしていない。
「二度と無茶をするな。お前の体は、お前だけのものではない」
小声で囁かれた言葉に、わたしは耳まで赤くなった。
カイル様が不審そうにこちらを見ている。
「殿下、リアン如きにそこまでなさらなくても……」
「黙れ。従者が万全でなければ、主の足手まといになる」
王子は冷たく言い放ち、わたしの腕を離した。
その手つきは名残惜しそうだったが、すぐに表情を引き締めて前を向く。
「進むぞ。目的のアイテムは最深部にある」
わたしたちは再び歩き出した。
だが、空気は先ほどまでとは明らかに違っていた。
ノエルは申し訳なさそうにわたしを見つめ、カイル様は不満げに口を尖らせ、そしてジェラルド王子は、背中で語るように強烈なプレッシャーを放っている。
わたしの腕に残る、彼の手の熱。
それが、この暗い迷宮の中で唯一の確かな感触のように思えた。
実習はまだ終わらない。
そして、この迷宮の奥深くには、さらなるトラブルが待ち受けていた。




