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第5話「食堂のヒエラルキーと予期せぬ接触」

 魔法実技での一件以来、わたしの周囲は騒がしくなっていた。

「隠れた実力者」という噂が広まり、一部の生徒から興味を持たれてしまったのだ。

 とはいえ、身分はあくまで従者。

 表立って話しかけてくる者は少ないが、遠巻きに見られることが増えた。

 これが居心地悪くて仕方がない。


 昼休み。

 王立学園の食堂は、社会の縮図だ。

 一階は平民や下級貴族向けのビュッフェスタイル。

 二階は高位貴族専用のサロン形式。

 メニューの質も、座席の快適さも天と地ほどの差がある。

 本来ならカイル様のお供で二階へ行くのだが、今日は「お前の顔を見ているとイライラする」と追い払われた。

 あの防御魔法の件でへそを曲げているらしい。

 これ幸いと、わたしは一階の隅の席を確保した。


「ふう、やっぱり一人が一番だ」


 トレイには質素なパンとスープ、それにサラダ。

 豪華な食事よりも、誰にも気兼ねせず食べられるこの時間が貴重だ。

 スプーンを口に運ぼうとしたその時、食堂がざわめいた。

 入り口から、輝くオーラをまとった集団が入ってきたのだ。

 ジェラルド王子とその側近たちだ。

 普段なら二階の特別室で食事をとるはずの彼らが、なぜか一階に降りてきた。


『なんでこっちに来るんだよ……!』


 わたしはパンをかじりながら、全力で気配を消した。

 彼らは真っすぐに食堂の中央を横切り、海が割れるように道が開ける。

 その先にいたのは、一人で食事をしていたノエルだった。

 ノエルはおどおどしながら立ち上がる。


「あ、あの……」


「隣、いいか?」


 ジェラルド王子の側近の一人、赤髪の騎士団長息子が気さくに声をかけた。

 ノエルは顔を真っ赤にして頷く。

 いわゆる「逆ハーレム」構築イベントの一つだ。

 ゲーム通りなら、ここでジェラルド王子もノエルに興味を示すはず。

 これで王子の関心がわたしから逸れれば万々歳だ。

 わたしは心の中でガッツポーズをした。


「……おい」


 不意に、頭上から声が降ってきた。

 思考が停止する。

 恐る恐る顔を上げると、そこにはトレイを持ったジェラルド王子が立っていた。


「ここ、空いているな」


「えっ? あ、はい……ですが、あちらにノエル君たちが……」


「あそこは騒がしい。俺は静かに食事がしたい」


 有無を言わせぬ圧力。

 彼はわたしの向かいの席に優雅に座った。

 食堂中の視線が、ノエルたちのテーブルから、一気にこちらの隅の席へと集中する。

 針のむしろとはこのことだ。

 王子のトレイには、一階のメニューとは思えない豪華なステーキが載っている。

 特別注文だろうか。

 対するわたしは、かじりかけのパン。

 格差がすごい。


「……あの、殿下。なぜここに?」


「お前と話がしたくてな」


 彼はナイフとフォークを手に取り、流れるような所作で肉を切り分けた。


「先日の魔法、見事だった。無詠唱であの強度の障壁を展開するとは、宮廷魔導師でもそうそうできん」


「まぐれです。本当に」


「謙遜は美徳だが、過ぎれば嫌味になるぞ。リアン」


 名前を呼ばれるたびに心臓が跳ねる。

 彼は一口食べると、じっとわたしを見た。


「カイルの従者を辞めて、俺の下に来ないか?」


「ぶっ!」


 スープを吹き出しそうになった。

 必死で飲み込み、むせ返る。

 彼は涼しい顔でナプキンを差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます……い、今、なんと?」


「俺の専属になれと言っている。お前のような人材を、あんなところで腐らせておくのは惜しい」


 引き抜き勧誘だ。

 条件としては破格だろう。

 王太子の側近になれば、将来は安泰。

 だが、それは「ベータの男性」であればの話だ。

 オメガだとバレれば、側近どころか愛人コース一直線である。

 それに、カイル様の元にいれば破滅回避の動きも取りやすいが、王子の側にいたら四六時中監視されることになる。


「過分なお言葉ですが、お断りいたします」


「ほう? 即答か」


「私はカイル様に恩があります。拾っていただいた恩を仇で返すような真似はできません」


 嘘ではない。

 カイル様の実家には、確かに拾ってもらった恩がある(労働力としてこき使われているが)。


「恩義に厚いか。ますます気に入った」


 ジェラルド王子は楽しそうに目を細めた。

 断ったのに好感度が上がっている気がする。なぜだ。


「だが、諦めんぞ。俺は欲しいものは必ず手に入れる主義だ」


 その言葉には、所有欲という名の熱がこもっていた。

 彼は食事を終えると、立ち上がり際に耳元で囁いた。


「それと、今日の抑制剤、切れかかっているぞ。気をつけろ」


「ッ!?」


 彼はニヤリと笑い、食堂を去っていった。

 残されたわたしは、顔面蒼白で自分の首筋を押さえた。

 匂うのか?

 今、この瞬間、フェロモンが漏れているのか?

 周囲を見渡すが、他の生徒たちは特に反応していない。

 ジェラルド王子の鼻が良すぎるだけなのか、それともカマをかけられたのか。

 どちらにせよ、寿命が縮む思いだった。

 彼が去った後、ノエルが心配そうにこちらを見ていたことに、わたしは気づかなかった。

 運命の歯車は、確実に、そして複雑に絡まり合おうとしていた。

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