第4話「魔法実技と隠された爪」
ジェラルド王子に「目をつけられた」という事実は、わたしの胃に深刻なダメージを与えていた。
だが、学生である以上、授業からは逃げられない。
今日の午後は魔法実技の授業だ。
王立学園の演習場は、コロッセオを模した円形の闘技場になっている。
生徒たちはクラスごとに観客席に座り、順番にアリーナへ降りて課題をこなす。
今回の課題は「中級防御魔法の展開と維持」。
飛んでくる魔法弾を障壁で防ぎ、どれだけの時間耐えられるかを競うものだ。
「おいリアン、僕のタオルと水筒を持っておけ。汗をかいたらすぐに拭けるようにな」
「かしこまりました、カイル様」
カイル様はやる気満々だ。
彼は風属性の魔法が得意で、攻撃魔法には自信があるが、防御はからっきしだ。
それでも自信満々なのは、貴族特有の根拠のない万能感のおかげだろう。
『さて、わたしはどうするか……』
わたしの番も回ってくる。
従者とはいえ、この学園の生徒である以上、成績は必要だ。
だが、目立ちたくはない。
特に、観客席の貴族専用シートで優雅に見学しているジェラルド王子の前では。
彼は腕を組み、冷ややかな視線でアリーナを見下ろしている。
まるで品定めをするように。
『適度に失敗して、平均点ギリギリを狙うのがベストだ』
わたしの魔力適性は「全属性」。
これはゲーム内でも珍しい、いわゆるチート設定だ。
だが、それを公表すれば実験動物扱いされるのがオチなので、表向きは「水属性の低魔力保持者」として登録している。
抑制薬の副作用で魔力制御が乱れるという設定も、うまく利用すれば演技に信憑性が出るはずだ。
「次、リアン・キャンベル!」
教官の声に、わたしは立ち上がった。
周囲から「ああ、あの地味な従者か」「どうせ大したことないだろ」という嘲笑混じりの声が聞こえる。
それでいい。
わたしは期待されていないほうが動きやすい。
アリーナの中央に立つ。
対面には魔法射出装置が設置されていた。
そこから模擬魔法弾が発射される仕組みだ。
「始め!」
合図とともに、装置から火の玉が飛んでくる。
わたしは杖を構え、水属性の障壁を展開した。
「アクア・シールド」
目の前に薄い水の膜が現れる。
火の玉が当たり、ジュッという音を立てて消滅した。
わざと膜を薄くし、揺らぎを持たせる。
いかにも「ギリギリで防いでいます」という演出だ。
『よし、いい感じだ。あと三発防いだら、四発目でわざと割って終了しよう』
計算通りに二発目、三発目を防ぐ。
観客席からはあくびをする生徒もいる。
完璧なモブの演技だ。
しかし、運命はまたしてもわたしを裏切った。
隣のレーンで試験を受けていた生徒が、制御を誤ったのだ。
彼は炎属性の魔法を使っていたが、緊張のあまり魔力を暴走させてしまった。
巨大化した火球が、標的を逸れて観客席の最前列へと飛んでいく。
そこには、見学していたノエルの姿があった。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
ノエルは恐怖で動けずにいる。
教官たちは距離がありすぎて間に合わない。
思考するより先に、わたしの体は動いていた。
自分の障壁を解除し、全魔力を足に集中させて加速する。
一瞬でノエルの前に割り込み、杖を突き出した。
『中級じゃ防ぎきれない! 上級、いや特級クラスの障壁を!』
無詠唱で魔力を練り上げる。
抑制薬による制御の乱れなど、気合でねじ伏せる。
「イージス・リフレクション!」
わたしの杖から、分厚い光の壁が出現した。
それは水属性などという生易しいものではなく、純粋な魔力の塊による物理障壁だ。
轟音とともに火球が衝突する。
衝撃波が周囲を薙ぎ払うが、わたしの背後にいるノエルには風圧一つ届かない。
煙が晴れると、そこには無傷のわたしと、へたり込んだノエルがいた。
会場は静まり返っていた。
誰もが事態を理解できずにいる。
落ちこぼれの従者が、暴走した魔法を、それも無詠唱で防いだのだから。
『……やってしまった』
冷や汗が流れる。
これは完全にアウトだ。
平均点どころか、トップクラスの実力を見せつけてしまった。
「す、すごい……」
ノエルがポカンとした顔でわたしを見上げている。
わたしは引きつった笑顔を向けた。
「け、怪我はありませんか? 偶然、上手くいって良かったです」
「偶然? あれが偶然なわけないよ! 君、すごい魔法使いだったんだね!」
ノエルの純粋な称賛が痛い。
声が大きいよ、ノエル君。
周囲の視線が突き刺さる。
その中には、カイル様の驚愕と嫉妬が入り混じった目線もあったが、それ以上に恐ろしい視線があった。
貴族席のジェラルド王子だ。
彼は立ち上がり、手すりを握りしめていた。
その瞳は獲物を見つけた猛獣のように爛々と輝いている。
口元には、獰猛な笑みさえ浮かんでいた。
『あ、終わった』
わたしは悟った。
さっきの図書室での「調べる」という言葉が、冗談ではなくなったことを。
彼は確信したのだ。
わたしがただのモブではないことを。
教官が駆け寄ってくる。
「大丈夫か! 今の魔法は……」
「火事場の馬鹿力というやつです! 自分でも驚きました!」
必死に言い訳をするが、教官の目は疑り深い。
騒然とするアリーナから逃げるように、わたしはノエルを助け起こして退場した。
その背中に、ジェラルド王子の粘着質な視線を感じながら。
カイル様には後でたっぷり絞られるだろう。
だが、それ以上に怖いのは、これからの学園生活だ。
わたしの「能ある鷹は爪を隠す」作戦は、爪どころか牙まで剥き出しにして失敗に終わったのだった。
これが、わたしの破滅への、あるいは溺愛への第一歩となるとは知らずに。




