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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ジョニーへの鎮魂歌

作者: クリステル

山道をあるいていると見知らぬ白兎が藪の中から現れて声をかけてきた。知らぬのは当たり前、誰が兎に知り合いなどいようものか。


「旦さん旦さん、もしもお急ぎでなければオイラにチョイと手を貸しておくれませんか?」

兎の声は甲高く、妙に気に障る声だ。

「なんだい?兎風情が人様になんの用だって言うんだ?」

私は別に急いでいる訳ではなかったけれども件の〝気に障る声〟の所為でついついつっけんどんに応えた。

「へい、実は宅のかかあが今しがた産気づいたんでやすが、どうやら逆子らしくえらい難産で…、オイラの前脚じゃ赤子の後ろ足を引っ張りきれねぇんで人様のお手をお借りするしか仕方がねぇと思って此処でどなたか通りかかるのを待ってだって訳でして…。」

「そいつはいけねぇな。俺が手を貸してやるから今すぐ案内しな。」

私はこの話しに一も二もなく同情してしまった。何故ならば私自身生まれた時に非常な難産で、母親が死にかけたという話しを聞かされた事があるのだった。


「チョイとまちな!」

私が案内の兎に続いて薮に足を踏み入れようとした時、近くの木の陰から大きな熊が現れて野太い凄んだような声で言った。

「話しは聴かせてもらったぜ。この兎はペテン師で悪名高い『因幡ジョニー』って小悪党さ。兄さん騙されてるぜ。」

熊が肩を斜に構えて下から睨め上げるようにして兎をひと睨みすると、兎は甚だ心外心当たりなど毛頭ないとでも言いたげな当惑顔で私を見上げるのだった。

「何を言ってやがんでぇ熊公め!法螺吹きベアーはおめえさんの方じゃねえか。」

今度は頭上から声が降ってきた。見上げると大きな山猫が二つに分かれた木の股に器用に腰掛け薄ら笑いを浮かべながら熊を見下げていた。すると何処からともなく熟れた柿が飛んできて山猫の薄ら笑いを直撃した。

「痛っ!なにしやんでぇ。」

と山猫が叫びながら辺りを見回すと隣の木の枝に大猿が片手でぶら下がっていて、

「山猫ケニーめ、握り飯を返せー!」と猿かに合戦のような事をキィーキィーと叫びだす始末であった。

こうなっては最早収集がつかず、互いが互いを罵るやら叫ぶやらで、辺りは騒然とした殺気が立ちこめ、獣たちは一触即発、やがて血を見ずには収まるまいと固唾を飲んで見守っていると、

「まぁまぁ皆さん落ち着いて落ち着いて。」

と林の中からタキシードでも着かねないような紳士面で一匹の狐がゆるゆると君子然とした小面憎い顔をして割り込んできたものだから一同の殺気が一斉に狐氏に転射されたのも無理からぬ事だった。


狐は予想外の事の成り行きにたじろいで一歩後ずさったが、今度は狐に迫るはずの獣達がギョッとした顔をして狐とは反対側に後退りしだした。見ると狐の背後の林の中から一人の猟師が黒光りする鉄砲を肩に担いで現れたのだった。

「よーしオマエら、そこ動くな!」

猟師はそう声を掛けるとやにわに肩に担いだ鉄砲をかまえなおして、

「ダーン!ダーン!ダーン!」と5発程も連続で撃ち放った。

私はその音に驚いて知らずに目を瞑ってしまったが、恐る恐る目を開けてみると辺りは目を覆うような凄惨な景色に一変していた。熊は顔面に大きな穴を開けて仰向けに倒れており、穴からは肉の焦げた匂いと煙がユラユラと立ち昇っていた。山猫は腹を撃ち抜かれて木から転げ落ちながら辺りに内臓を撒き散らしたようで、そこいら中の木の枝に内臓がぶら下がっていた。大猿を探して木の上に視線を向けてみると、猿がぶら下がっていた枝には猿の腕だけがブラブラとぶら下がっており、その下で腕の持ち主はまだ辛うじて息があるらしく腕をもがれた付け根を押さえてブルブルと震えながら蹲っていた。一番至近弾を食らった狐の首はもげて私の足元に転がっており、その首の陰で辛うじて難を逃れた兎がガタガタ震えながら怯えた目をして私を見上げていた。


「いやぁー、危なかったな兄さん、怪我はないかい?」

「…はい、大丈夫です。」

耳鳴りはキンキンと鳴り止まなかったが藪を大股で踏み分けて近づいてくる漁師に私は半ば呆然としながら答えていた。

「いゃぁーしかしたまげたなぁ。熊やら山猫やらにいっぺんに襲われてたでねぇか。オラが来なけりゃどうなっとったか。」

私は頭の中で、さてどうなっていたことやらとあの後の事態の推移をボンヤリと想像しながらも、口ではなんとかかんとか礼の言葉を言ったような気がする。それよりも私の興味は猟師の腰に荒縄で縛ってぶら下げられた白い物体に移っていた。

そうソレは股間から爪楊枝ほどのか細い脚をはみださせている白兎に他ならなかった。『因幡のジョニー』の言葉はペテンなどではなかったのだ。熊が横槍を入れて山猫が茶化し、大猿が割り込んで狐が混ぜっ返したりしなければ、あるいは彼の妻は私によって救われていたかもしれないのだった。

私が同情を禁じ得ずに横目でチラリとジョニーの方を見ると彼もやはり自分の妻の哀れな末路に気がついたらしく、先程の怯えきった瞳が嘘のように激しい怒りの炎を湛えて猟師を睨みつけていた。そして次の瞬間、私は信じられない光景を目撃していた。


なんと猫ほどの大きさしかないジョニーが私よりも体格のありそうな猟師に向かって飛びかかったのであった。猟師は一瞬ハッとして驚いたように見えたが、そこは職業柄思考よりも身体の反射の方が速く見事に素早い身ごなしですかさず銃を逆さまに持ち変え銃座で飛びかかってきた兎の頭を一撃した。哀れジョニーはゴツンと鈍い音をたててどさりと薮に倒れ臥した。


ジョニーの復讐は無謀な蛮勇と言えるだろうが、私はジョニーの勇気に少なからず感動させられていた。一寸の虫にも五分の魂というだろう。理不尽に家族を奪われた怒りは余りにも純粋で一切の打算の入り込む余地などなかったのだ。私はその怒りの純粋さに感動したのだった。

「いやぁー、こりゃ丁度いいわい。兎が二羽あっからオラの小屋さ来て兎鍋で一杯どうだい、兄さん。」

「ほう…、兎鍋ですか。いいですねぇ。折角ですからお呼ばれしましょうか。」

私は口中に唾の湧く思いで猟師の後を歩き出したのだった。

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