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震駭のゴット・シュヴェルツェン  作者: コダーマ


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10本の指(1月8日)3

  ※  ※  ※


 今朝も夢見が悪かった。


「ああ、ヤなコト起こりそう……」


 この街で、そのテの予感はよく当たる。

 もっとも、寝起きが悪いのは彼の場合かなり日常的な事だった。

 昼過ぎには大抵ケロリとしている。

 ピンクのソフトコンタクトレンズを装着して時計を確認してから、ドクター咲良(サクラ)は慌てて診察室に走った。

 今日は朝イチで手術の予約が入っていたのだ。


 雑居ビルの一室。

 美容整形医──定冠詞にモグリの、と付く──ドクター咲良の診療所兼オフィス兼自宅はそこにあった。

 看板を掲げるようなことはしない。医院の看板は強盗の注目を集めるだけだ。


「ゴメン、待った?」


 玄関を開けた所には痺れを切らして立つ女の姿があった。


「待ちましたよ、先生。いくら呼んでも出てこないし。どうせ寝てたんでしょ」


「ゴメンゴメン。サービスするからさ」


 軽く言いながら2人は手術室に直行する。

 女は慣れた様子で服を脱いで手術台に横たわった。

 全身麻酔用の吸入を施している時だ。窓の外で急ブレーキの音が響いた。

 続いて車のドアが勢い良く閉まる響き。


「ヤだな……」


 また抗争かな。このビルでやられちゃ迷惑だよね。

 余所(よそ)でやるなら一向に構わないけどね──なんて呟きながらカーテンを閉めようと窓辺に寄り、チラリと下を覗く。


 彼の住む雑居ビル入口にピタリと1台のバギーが横付けされていた。


 アレはFAVスコーピオン。

 高価な軍用車両であり、民間人でそれを持つ者は稀だ。

 ハテ、最近どこかで見たような……。

 咲良が首を傾げたその時だ。


 凄まじい激突音がすぐ近くで響いた。


「ドクター咲良、出てこい!」


 突然の名指しに「ウソ……」と頬を引き攣らせて、彼は今の音は玄関を破られたものだと悟る。


「やめてよ。ウソだろ。ちょっと……おい」


 護身用の銃は各部屋に隠している。

 手術用具を入れた机の引出しからシルヴァー+クロイツ製のオートマチック小型ハンドガンを取り出して、咲良は扉の隙間からそっと身を滑らせた。

 診察室、手術室、自室と僅か3DKの部屋だ。

 侵入者を捜すまでもない。不審な(おお)きな影はすぐ前に(そび)えている。


「だ、誰だ。うご……」


 動くな、と叫びかけた時はもう遅かった。

 見上げんばかりの巨体が迫ると自覚する間もなく、喉元に圧力を覚える。

 同時に額に冷たい感触。


「ヒッ……!」


 片手で首を絞め、もう片手は銃──咲良の額に突き付ける。

 無言でズイと近付けられた顔には、至る所に傷跡があった。


「た、たすけて……」


 首をつかまれた手で体を持ち上げられ、咲良は呆気なく銃を床に落とす。


「あ、あんた……」


 ──知ってる……。


 『シリアルK』の常連で、昨日もあの場所にいた男だ。

 特殊部隊員で、ラッパー・カンナの彼氏で……。

 あの可愛くて男にもてる彼女が、何でこいつみたいな頭の弱い大男を選んだのか、世の中は分からないものだと思ったものだ。


 たしか名前は──。



  ※  ※  ※



  ※  ※  ※


「ブラッド・ヴェルクだ」


 言ってから、ブラッドは思った。

 何も律儀に名乗ることはなかった。

 ドアを壊して家に押し入り銃を突きつけておいて、今更礼儀もないだろう。


「す、すま……すまない」


 果てしない後悔に襲われる。

 目的の医者が目の前で震えている様に、ブラッドは彼を拘束していた腕を放した。

 ズン、と床に落下して男は激しく咳込んでいる。


「ど、どういうつもりだよ」

 涙ぐんだその目は、しかしもう怯えてはいない。

「何か用かよ。警察呼ぶぞ!」


 ──本当にすまない。


 心の中で呟いてから、ブラッドは男のこめかみを拳で殴った。


「ゴッ……、ブッ!」


 床に側頭部を激突させて、男はそのまま嘔吐した。

 ピンクのカラコンが両眼共ふっ飛び、吐瀉物に顔面を汚した様は見る影もない。


 ──すまない。オレには暴力しかない。


 上着のポケットから小さなプラスチックケースを取り出し、蹲る医者の前に落とす。

 もう1つ。更にもう1つ。

 その中身を目にして、男の呻きは更に低くなった。新たに込み上げるものを堪え切れず、床にぶちまける。


「な、何だよ、これは。あんた、何でこんなもの……」


 最後のケースひとつを注意深く出してから、ブラッドは男の髪をつかんで乱暴に立たせた。


「これを調べろ。一つ一つ、丁寧にだ」


「あ……う……」


 恐怖に震え、医者は夢中で何度も頷いている。


 床に転がったケースの中には人間の眼球、指、爪、乳房、そして心臓がホルマリンに漬けられ収められていたのだ。

 最後のケース──ブラッドが手にしている物の中からは、印象的な薄緑の色をした眼球が虚ろに医者を見下ろしていた。


 とにかく顔を洗って服を着替えてコンタクトを入れ直してから、医者はようやく洗面所から出て来た。


「は、早くしろ」


 ブラッドが銃を突き付けると、不貞腐れたように肩を竦める。


「分かったよ」


 ったく、信じられないよ。横暴、バーカと、小声で毒づいている。

 さっきまで本気で怯えていたくせに、これでは銃で脅しているこっちの方が追い詰められていく気分じゃないか。


「早く座れ。早く……」


「早く早く、うるさいんだよ。分かってるよ、やるよ。あとさ……」


 ドクター咲良(サクラ)、だよ。

 彼はゆっくりと自分の名を発音した。愚鈍な大男にも理解できるように。


「覚えてよ」


「あ、ああ……」


 そこで完全に咲良のペースにはまったブラッドは、申し訳なさそうに銃口を下げた。

 元々、強気なタイプではない。

 咲良に問い詰められて、事件の証拠品を警察署から盗み出した事もあっさり認めた。

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