10本の指(1月8日)1
とにかく時間がない。
状況も把握できないなか、とにかく生命を……1日ごとに確実に削られていく被害者の命を優先して捜査にあたるわよ!
女刑事は勇ましく宣言した。
しかし返事は「ほぁい」という脱力した欠伸が一つ。
「レオ、アンタね」
脱色頭を殴ってから、ガーネットは大きな溜め息をついた。
白状すると、自分に「捜査能力皆無の刑事」というレッテルが貼られているのは知っている。
酔っ払って暴れただの、容疑者を取り逃がしただの、署内では散々な悪評が立っていた。
無責任な噂に対しては腹も立つが、噂の半分に関しては否定のしようもないというのが現実である。
『5』捜査本部とは名ばかり。
実質この事件に関して動いているのは、ガーネットとレオ2人だけだった。
それでなくとも人手不足な警察で、今はマフィアがらみの襲撃事件やテロに人員を取られてしまい、殺人にまで手が回らない。それが現状だ。
近々、マフィアの全面抗争も起こるといわれる中、応援要請などが聞き入れられるはずもなかった。
この街では猟奇殺人だって珍しいことではない。
操作能力皆無の女刑事とやる気のない新人刑事の2人では、さして動くこともかなわない。
実際、初日の捜査は『シリアルK』での聞き込みで暮れてしまった。
翌日、早めに出勤した彼女を待っていたのは、カンナの指が発見されたという情報だったのだ。
前回のストリッパーのパターンを考慮して、カンナの恋人──ブラッドといったか──の自宅をレオに張らせていたのだが、それは徒労に終わったようだ。
女ラッパーの細い指は、ブラッドの職場の同僚宛に封書で郵送されてきた。
部署は違えど同じ建物内の出来事のため、ガーネットに連絡が入るのは早かった。
「自分が夕べずっとあの頭弱そうな大男ん家ちのポスト張ってたんは、カンゼンにムダだったってことっスね。超眠いっス」
こいつの場合、張り込みをさせても当てにならない。
相当長い時間、居眠っていたに違いないとガーネットは思う。
「しかも大男、夕べ1回も家に帰ってないみたいっスね。恋人を探し回ってたんスかねぇ。愛っスねぇ……」
レオがブツブツ言いながら次第に眠りに落ちていくのを、机を揺すって邪魔しながらガーネットは朝食代わりの煙草に火をつけた。
「いい? 大男だって容疑者なんだから。それに残りの九本の指だっていつどこで発見されるか分からないのよ」
「荒れてますね~。そんなに吸ってっと肺、真っ黒になりますよ。また男に逃げられたんスか?」
嫌な事だけきびきびした口調で言う。
余計なお世話よと後輩の顔面に拳を叩き込んだ瞬間だ。
部屋の電話が鳴った。
『5』捜査本部であるこの部屋には、当然ながら人間は2人。
「アンタ、出なさいよ」
命令され、レオは「ファ~」と欠伸まじりに電話を取った。
フンフンとやる気なさ気に返事を繰り返してからガーネットを見やる。
「送られてきた指の指紋、女ラッパーのものと一致したそうっスよ」
「そう……」
彼女はレオめがけて煙を吐き出した。
昨日は眼球。
今日は指──。
まだ一本しか発見されていないものの、事件は前回と同じペースで進んでいる。
ならば明日は足の爪だ。
「な、何すんスか!」
レオがゲホゲホ咳き込む。
「にしても、何で爪なんスかね。足の指切断とか、いっそ足1本送ってきてもおかしくない残虐さなのに」
爪剥がすってとこが、また何とも……。
レオが顔を顰める。思わず想像してしまって、ガーネットも眉をひそめた。
「……やっぱり『シリアルK』かしらね」
「へ?」
状況証拠も操作能力も刑事の勘もクソもない。
『シリアルK』を中心に事件が起こっているのは間違いないのだ。
彼女が昨日宣言したように、あの中に犯人がいる可能性だって相当高いとみて良いだろう。
「アレじゃないスか? 前のストリッパーや、今回のラッパーのストーカーってとこで決まりなんじゃないスかね。ラッパーは昨日で店を辞めるって話だったんでしょ。しかも恋人と一緒に新天地へ行くなんて。それならいっそこの手で、みたいな」
「イヤね、気持ち悪い。怖いわね」
「先輩はどっちかって言うと、ストーカータイプっしょ? 付きまとう方。少なくとも被害者にはならないなぁ」
しれっとした顔で失礼なことを言う後輩の頭を、ガーネットはこれでもかというくらい強く殴った。
殴りながら、ふと思う。
あのピンク目のふざけた医者……ドクター咲良って言ったかしら。
一応調べたところ、本当に美容整形専門医として街に診療所を開いていると分かった。
麻薬クスリや武器の売人であり、そして──。
「ぶっちゃけ変質者よね」
今まで何度もストーカーや猥褻行為で捕まっている。
データを開くまでもなく、記憶の中だけで5件、6件……と前科が数えられる有様だ。
「とりあえず、奴を拘束するかしらねぇ」
「そんなアバウトでいいんスか?」
2人で「うーん」と唸った時だ。再び電話が鳴ったのは。
「ふぁい、ふぁい。そうっス……えっ!」
応対したレオが、今度は大声をあげて椅子から立ち上がる。完全に目が覚めた様子だ。
ガーネットも思わず煙草に噎せた。
「な、何よ。一体」
電話を置いて、レオがこちらに向き直る。
「証拠品……全部、盗まれたって……」
「証拠品?」
今回の『5』事件の証拠品なんて何もない。
犯人の手掛かりも、犯行現場すら分からないのだ。あるとすれば宅配の箱とか瓶とか。あとは……。
「まさか……?」
嫌な予感がする。
「ラッパーの眼球と、前回のストリッパーの心臓と指と爪と胸と眼一式っス」
「うそでしょ……」
責任の所在だとか、事の大きさだとか、処罰だとか減給だとか……。
不吉な考えが頭をグルグル回る。
「先輩がズサンだからっスよ。じ、自分は知らないっス」
「ア……アタシだって鑑識に預けて……」
オロオロした様子で2人は顔を見合わせた。
とりあえず、自分達のせいではないと互いに言い合って安心してみる。
しかしそんな事をしている場合じゃないは、明らかだ。
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