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震駭のゴット・シュヴェルツェン  作者: コダーマ


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クロスファイア(1月11日・2)1

 これはVW(フォルクスワーゲン)の新車だ。

 低い声でそう呟く。


 停車してあった車のガラス窓を割ってドアを開け、彼は車内に乗り込んだ。

 真霧が持っていた安全ピンの針をキー穴に突っ込んで、無理矢理エンジンを噴かせる。

 明かな犯罪行為を目の当たりにして顔を引き攣らせる少女をシートベルトで助手席に固定して、車は炎の黄金屋敷から逃げ出した。


 取り敢えず吸わせてくれ、とシルヴァー+クロイツは煙草に火を点ける。

 数時間ぶりのニコチンの摂取に、精神はようやく安定を取り戻したかのようだ。

 眼に力が戻ってくる。


 盗んだ車は三百キロに近いスピードで、街中心部に向けて疾走していた。

 窓の外では道路や建物の内外を問わずチンピラ同士の銃撃戦が、当然の風景のように流れ去る。


 ──この道はついこの間、VLB2000でも通ったな。


 必死の思いで愛車を走らせた、その時の記憶がダブって蘇る。


 一週間前のことだ。『シリアルK』のマスターから情報を得た。

 世界的権威の眼科医がプラハに居ると言う。

 首都プラハまでは車で一日程度の距離だ。

 真霧を連れて、車を飛ばしたのがこの道であった。


 ──あれはシルじゃないよね。


 遠慮がちに真霧が言ったのだ。


「あれって何だ?」


 少女は言いにくそうに俯いた。


 怒らないでね、と小さな声で切り出したのは先日街で起こった『(フュンフ)』という猟奇殺人事件の話題だ。

 眼球を抉り取られるという残虐さは、しかしこの街ではさして珍しいものでもない。

 とは言え、行き付けの食堂の従業員が被害者だということで彼女も関心を持っていたらしい。


「あれはシルじゃないよね」


 再びの質問に、今度はシルヴァー+クロイツは咳き込んだ。煙草の煙に噎せたのだ。


「そ、そんな訳ないだろうが」


 つまり、あれの犯人はシルじゃないよね、と尋ねられていることにようやく気付いたのだ。

 怒り出さないのは彼が人間が出来ているからではなくて、ひたすら呆れ返ったからである。


「真霧の目を取り替えるために……ご、ごめんなさい」


 大好きなシルの口から信じられないくらいの大量の煙が吐き出されたのを見て、少女は小さくなった。


「……目は取り替えられるものじゃないだろうが」


 それが出来たらこんなに苦労はしない、と思う。

 翌日の夜中、同じ道を引き返しながら彼は真剣に考えたものだ。

 もし取り替えられるものなら、こんなに絶望したりはしない。

 俺の眼をやればいいだけだ、と。


 宿泊先をKに調べさせたので医者の居場所は直ぐ分かった。

 しかし学会でプラハに滞在していたその医者は、一般の患者は診ないのだとホテルの受付は言う。

 医者を外出先で待ち構え、銃で脅して診させた診断結果はどこの専門家とも同じものだった。


 視神経がほとんど死んでいる。手の施しようがない。

 可哀相だが、この子は近いうちに失明するだろう。


 その言葉を聞いても真霧の表情が変わらなかったのが、彼の気持ちを傷付けた。

 少女はもう完全に諦めてしまっていると分かったから。


「もっと良い医者を探してやる」


 そう言っても少女は穏やかに頷くだけ。

 彼の気が済むまで、辛い検査や病院通いに付き合ってやろうと決心しているかのよう。

 痛々しくてたまらない。


「何で……」

 プラハからの帰り。

 車を運転しながらシルヴァー+クロイツは絞り出す声で呟いた。

「何であんな所に……」


 思い出すのは、はるか過去のこと。

 兵士として戦っていたあの森。あの炎。あの戦場。

 そして、あの霧──集落の近くとはいえ、民間人の少女がたった1人で何故あんな場所に居たというのだ。


 いや、恐らくは遊んでいるうちに戦場に迷い込んでしまっただけだろう。

 姉妹や友だちと一緒だったかもしれない。

 責められることではない。

 しかし、悔やまれてならない。


 彼女があの時、あの場所に居なければ……それだけで……。

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