サイレンサー(1月11日・1)2
瞬間、怯えたように足を止めたシルヴァー+クロイツの隣りをライムがすり抜けて走り出る。
妙に熱いとは思っていた。
しかしまさか屋敷中がこんな状態になっているとは。
あの地下室が頑丈に造られているせいもあるが、まったく気付かなかったのは迂闊だった。
睡眠不足と、やはり通常ではないこの事態に注意力が落ちていたのだろう。
外からは拡声器を使って定期的に同じ放送が流れる。
ボスを差し出した者には金を払うという内容だ。
西欧風の室内に設えられた豪奢な家具は無残に壊れ、散らばっている。
周囲に人影はない。
しばらく前までこの部屋も銃撃戦の舞台だったのか、火薬の臭いと煙が強く残っていた。
それから死体と、持ち主を失くした銃が転がる。
彼は舌打ちした。
止める間もなくライムは行ってしまった。
手には小さな容器を持っている。
精製した気体が充てんされているのは想像がついた。
何をする気か知らないが勝手にしろ──そう思うのだが、放っておくわけにもいくまい。
彼女は死ぬつもりなのだ。
丸腰は不安だ。
彼は床に落ちていたベレッタを拾い上げる。グリップは血で濡れていた。
「せめてサイレンサーがあればな」
周囲を見回し、再び舌打ちを繰り返す。
直ぐ近くで銃声が響いている中で、自分の気配を悟られぬようにするためにはどう動けば良い?
反射的な行動で彼は落ちていたペットボトルを拾い上げた。
「……こんなものが使えるか?」
他人事のように呟いてから彼は手にしたペットボトルとベレッタを見比べる。
ここは完全な敵地である。
こんな状況であっても、銃声は聞かれたくない。
発射ガスの噴出する部分を覆うようにとペットボトルを装着する。
簡単に言えばペットボトルの口を銃口に突っ込んで簡易のサイレンサーとして使おうという手口だ。
大雑把な上に無茶としか言えまい。
下手をすれば暴発の危険すらある。
実戦を潜り抜けて体得した絶妙な匙加減とも言えようか。
これで原理上、銃声は籠もるため漏れる音は小さくなる筈だ。
死ぬなら勝手に死ねば良いと思う。それは本心だ。しかし──。
無意識の癖で舌打ちを繰り返しながらも、銃を手にシルヴァー+クロイツは黄緑の女が消えた方に駆け出した。
黄金屋敷は広大な館だった。
そのあちこちで勃発している銃撃戦をいくつか潜り抜け、銀髪の青年はライムを探して駆け回った。
戦場に慣れた彼にとっては柱から柱、家具の影から壁へと姿を隠しながら進むなどわけないこと。
銃を撃つまでもない。
しかし時間は取られた。
ライムはゴルトと取引があったというだけあり、この屋敷内部も熟知しているようで、直ぐにその姿を見失ってしまった。
取り敢えず女ボスの姿を求めて二階への階段を上りかけたその時だ。
──パン。
聞き慣れた感のある銃声が響いた。
シルヴァー+クロイツは反射的に手摺りの影に身を隠す。
眼だけを動かしてそちらの方向を見やる。
音の方向にはゴルトともう一人、黒ずくめの男が居た。
その足元にマフィアの部下らしき男が二人、転がっている。
それから黄緑の女。
ゴルトの眼前で、まるで踊るように上体を震わせていた。
その手には彼女が生成した有毒ガス入りのスプレー缶が握られている。
黒の男が左手に持つ銀色からは薄く煙がたなびいている。
ライムの唇が微かに動く。
しかし声は漏れない。
瞬間、黄緑の女はその場に崩れ落ちた。
階段の途中に隠れるシルヴァー+クロイツの目の前だ。
ズン……と音を立てて、まるで荷物のように女は床に転がっていた。




