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震駭のゴット・シュヴェルツェン  作者: コダーマ


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IED(既製爆破物)(1月10日)4

「ここに連れて来られて幸いだったわ。大人しく言う事を聞いたふりしてガスを作って、それであの女を殺してやる」


 ガスマスク越しに漏れる言葉は不明瞭で、盗聴器には引っかかるまい。

 しかしその場のシルヴァー+クロイツの耳にははっきりと届いた。


 あの女を殺す?

 ライムの声からは拉致に対する恨み以上の、積みあげられ澱となった憎しみの感情が伺える。


「自殺行為だ。君が何かしなくとも、この組織は近いうちに瓦解するぞ」


「そうね。知ってるわ」


 生成したガスを缶に詰める作業の手を休めず、ライムは頷く。


「女ボスゴルトが何かしようとしたら外部のあたしたちや警官を頼るもの。内部の人間は使わない。一年前から既に組織としては機能してないわ。妹は勘違いして、そんな彼女を守ってやれるのは自分しかいないって思ってたみたいだけど」


 あの子、ゴルトの事が好きだったのよ。

 さらりと言われたその言葉に、シルヴァー+クロイツは微かな違和感を覚えた。


「人を殺したって言ってたな。まさか妹を……?」


「違うわ!」


 彼女はマスクを外した。

 一瞬焦った彼だが、ガスの詰め替えが終了した事に気付き自分も鬱陶しいマスクを外す。

 有害な気体が完全に抜け切るまで煙草はまだ吸えない。


「殺したのは別のコ。あたしと妹の2人でね。あたしね、その女の子のことすごく好きだったの。強くて凛としていて、とても綺麗な声をしてたの。自分は歌で世の中と闘うんだって言って……」


 ライムの口元が僅かに緩む。目は優しげに細められていた。

 見えない誰かをそこに映しているかのように。


「でもそのコ、恋人と一緒に街を出るって言い出して。あたしの想いに気付いたのかも。そっと見守ってきたつもりだったのに……。あたしから逃げるつもりなのかもって思ったら耐えられなくなって……」


「………………」


「あたしたち、おかしいのかな。妹はともかく、あたしにとってはただの猟奇殺人ではなかった。カンナを愛してたから、全て自分のものにしたかったの。そういうの、偏見ある?」


「い、いや」


 殺人はともかく、他人の性癖にとやかく言うつもりはない。

 ライムはそんな彼の顔をじっと見詰めた。


「ドイツ人ってそういうのに偏見があるじゃない。あんた、何人? ドイツ人には見えないわね。チェコ人? ロシア人?」


 分からない、と言うと彼女はきょとんとしたように目を見開く。


「幼い頃に傭兵隊にさらわれた。紛争地を転々としながら育ったんだ。生まれた場所は覚えていない」


「そ、そうなの……」


 突然同情を受けたように感じて、シルヴァー+クロイツは意識しないうちに少し早口になっていた。


「数年前に部隊を脱走した。金に困ってチンピラの銃のメンテをしてやったら評判になって、それでこの仕事を続けている」


 ライムは複雑な表情で頷く。


「あたしはドイツ人よ。旧東ドイツの小さな町に住んでたの。あたしたちが生まれるずっと前に壁が崩れたけど、でも民主主義なんてどこにもないところだった。両親は貧困に喘いでいたわ」


 壁とは無論、ベルリンの壁の事だ。

 旧東ドイツに居た者にとっては社会主義体制の崩壊、民主化と豊かな暮らしの到来と歓喜をもって迎えられた歴史的出来事だったが、三十年経っても大方の市民の暮らしが変わる事はなかった。


「町には工場があって、そこはいつしか細菌兵器の実験場になっていたの。村のコはみんなそこで働いてたわ。あたしも手伝いに行かされて、それでこの技術を盗み覚えたわけ」


 貧しさに耐えかねて15歳を過ぎた頃に妹と2人で村を出た。

 それでこの街に落ち着いたのだと言う。そこで彼女はようやく涙を零した。


「勝ったと思ったわ。男が犯人の猟奇殺人風にカンナを殺して……あたしのものにしたと思った。でもあの時突然、小型爆弾が爆発した。妹はあたしの盾になる格好でバラバラになって死んじゃったの。駆け付けた警官がゴルト派と通じてて、生きてるあたし1人を無理矢理ここに連れて来たってわけ」


 妹はゴルトを愛してたの。

 なのに助けてくれなかった。

 直ぐに妹を病院に連れて行ってくれたら、もしかしたら助かったかもしれないのに……なのに何もしてくれなかった。


「だからあたしはゴルトを殺す」


 シルヴァー+クロイツが敢えて言うまでもなく、それが逆恨みであると彼女も分かっていよう。

 殺したところで仕方がない。妹が戻るわけじゃない。それも分かっている。

 分かっているなら、とシルヴァー+クロイツは続けた。


「俺は出来るだけ早くここを出るつもりだ。君も一緒に来るか?」


 しかしその言葉にライムは首を振る。


「あたしは女としか組まない。そういう主義なの。同情は無用よ。シルヴァー+クロイツ」


「………………」


 銀色の男は言葉を探して黙り込む。

 目の前の女が死のうとしている事は分かった。

 彼女の選択にとやかく言う権利は自分にはない。

 復讐なんてやめて、別の生き方を探せなどと言うつもりもなかった。


「それよりあんたは自分の仕事をしなさいよ。あたしはガスを造ったけど、あんたはぼんやり座ってるだけじゃない。ヨーロッパ最強の武器職人じゃなかったの」


 思いがけぬきつい言葉を投げられ、シルヴァー+クロイツは頬を歪めた。

 その指には小さな弾丸が握られている。


「それは……?」


 IED──既製爆破物だ、とシルヴァー+クロイツは言う。

 既存の武器の弾薬を使った手製爆弾だ。

 砲弾に信管の代わりに銃弾を差し込み、電気で銃弾の雷管を発火させるようにしたものだ。

 玩具を造るように簡単に出来る代物だが、だからこそ戦場においてそれは非常に有益な武器となる。


「俺に火薬を持たせたのが運のつきだ」


 銀色の青年は立ち上がり、鉄製の扉の隙間にそれを幾つか詰め込んだ。


「ライム、俺がここから出してやる」


 武器を手にした彼のこの自信は何だ。雰囲気に呑まれたように彼女は頷いていた。

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