IED(既製爆破物)(1月10日)3
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ビクリと肩を震わせ、覚醒したのはライムの方だ。
ほんの一瞬意識を手放しただけのつもりだったのであろう。
意外と時間が経過している感覚に戸惑い、そして肩に掛けられた上着に気付いてぼんやり周囲を見回す。
狭い地下の一室。
机の上にはマフィアが用意した実験装置、周囲には諸々の用具を入れた棚が並ぶ。
向こうの壁面には銃職人にあてがわれた作業スペースの机がある。
変わらぬ光景。狭い視界。
更に目線を動かすと、光のように銀色の色彩が彼女の目を射抜いた。
銀髪の青年が壁際の椅子に座って彼女を見詰めていたのだ。
端正な顔が少し腫れ、目が赤いのが分かる。ろくに眠っていないのだろう。
「ありがとう。シルヴァー+クロイツ」
ライムは上着を彼に返した。
無言で差し出されたペットボトルの水を飲んで、彼女は改めてシルヴァー+クロイツに視線を送る。
その整いすぎた顔立ち。
レズビアンである彼女にとっては興味の対象ではないが、大抵の女性なら思わず見とれてしまうに違いないと思う。
思いやりもある。評判程クールでもなさそうだ。
「カンナも樹楽も最初はあんたのファンだったのよ。知ってる? うちの店のラッパーとストリッパー。結局二人共下らない兄弟に引っかかっちゃったんだけどね……」
無言で否定の意を示す男にライムは少し呆れた様子を見せる。
やっぱり男は駄目ね。ちょっとばかり顔が良くたって、こんなに陰気じゃ話にならないわとわずかに肩をすくめてみせる。
彼の声を引き出すつもりだったのだろう。彼女は話題を変えた。
「いつも店に連れて来るあの女の子はあんたの子供?」
そこで初めて彼は口を開く。
「違う。理由があって引き取った子供なだけだ」
シルヴァー+クロイツは少々不快そうに軽く首を振った。
彼の思考は不安と心配で渦巻いていた。
今の自分のこの状況に対するそれではない。
話題に出た白い少女を思っての事。
真霧は今頃途方に暮れているに違いない。
早くここから出て、戻ってやらなくてはと思う。
思慮深くおとなしい子なのだが、逆上すると何を仕出かすか分からない。
棒切れ片手に走ってパトカーを追いかけて来たあの姿が脳裏に蘇る。
頼むから家で大人しくしていてくれ、そう願うばかりだ。
ゴルトとて無茶はすまい。
目的のシルヴァー+クロイツを捕らえた以上、真霧さえ無茶な事を仕出かさない限りいらぬ巻き添えを喰う事はあるまい。
さしもの彼もその頃真霧が有り金抱えて街のボディーガードの元へ駆け込み、しかもそこでゴルトと鉢合わせているなど想像する由もなかった。
「俺の事はいい。君の妹はどうした? いつも一緒だろう」
余計な事を言ったかもしれないと一瞬後に後悔したが、もう遅かった。
ライムの表情が強張ったのだ。
「仕事に戻るわ。ケースの中で生成しているといっても、念のためガスマスクを装着して。あたしの造るガスを吸うと死ぬわよ」
設えられたプラスチックケースの中で機器を動かして、彼女が生成しているのはどうやら気体のようだった。
神経ガス、VXガスなどを量産しているらしい。
「ガスマスクをしていると煙草が吸えない……」
小さな声での苦情は完全に無視された。
彼女がメモにとっていた化学式──致死性の高い神経ガスであるのだと分かる。
「妹は銃の名手なの。あたしは毒ガスの専門家。誰だって武器のひとつやふたつ、隠し持っているものよ」
とくに|ゴット・シュヴェルツェン《ここ》では、それが生きる糧になるもの、と小さく呟く。




