『シルヴァー・クロイツ』(1月9日)4
「こ、ここはマフィアの本拠地のど真ん中だ。わたしを殺して貴様が無事に逃げられると思うか。それに貴様が引き取っているらしい子供の身も……」
シルヴァー+クロイツの銃口が微かにぶれた。
その隙をついてゴルトは銀色の銃身をわし掴む。
「いい銃だな。これはわたしに寄越せ」
「何?」
「誰も持ってないような特殊な性能の武器が欲しいんだ。近々キング派に戦争を仕掛けるつもりでな」
「………………」
何なんだ、この女は。とシルヴァー+クロイツは舌打ちする。
マフィアのボスと言うわりに周りに人は居ない。
推察するにこの行動拉致も汚職警官を使って自分1人の判断で行ったのだと見受けられた。
ゴルト派のトップが1年前に死んで、まだ若い娘に飾りのように跡を継がせたという話は知っている。
以来ゴット・シュヴェルツェンにおいて、かの一派の力は極端に弱くなった。
一応、キング派と勢力を二分する形になっているが、吸収されるのは時間の問題だというのが大方の見解だ。
成程、このボスならばその時は近いだろう。
だからこそ形勢逆転を図る為に戦いを仕掛けるつもりなのであろう。
──と読んだところで、現状が打破出来るものではないと分かっている。
目の前の女を殺せば自分は間違いなく、真霧の命すら危険に晒す事になりかねない。
シルヴァー+クロイツは銃を手放した。
奪われるのは癪だが、仕方がない。ひとまず大人しくしていよう。
その銃は通常のオートマチックハンドガンとは違っていた。
サイズからは想像も出来ない程に装填弾数を増やし、ハンマー軸とトリガー軸を極限まで強化した為に神業的に反動が少ない。
その為狙いがブレにくく、また連射スピードも格段にアップしている。
市場に出せば革命が起こるに違いない性能を持ち合わせたものだ。
その銃に製品名はない。
シルヴァー+クロイツが自分専用の獲物として持っているものなのだ。
「貴様には扱えまい。これは呪いの銃だ。どうしても欲しいなら5万ユーロ(約800万円)だ」
「呪いの銃だと?」
この場での精一杯の強がりと嫌がらせだ。
金額も法外なものに違いない。
しかしゴルトは生真面目に頷いた。
「構わん。支払おう。それだけの価値がある。他に要求はあるか」
シルヴァー+クロイツは小さく舌打ちした。
ゴルトの望みはこれを複数個作れというものだ。
まんまと交渉に乗せられた形になってしまった。
「セミ・オートマチック・ピストルであれば40種類以上もの精密部品が必要になってくる。それらをすべてスイスの時計工場に特注させろ。そうしなければ『シルヴァー+クロイツ』の性能は得られない」
分かった、とゴルトは頷く。
綺麗事は言わない。
所詮人殺しの道具だ。金次第で何でも造るさ──そう思う。
しかし……。
「しかし、俺を拘束して銃器製作仕事をさせるんだ。1日につき1万ユーロ(約160万円)の報酬を要求する。煙草2カートンに、2リットルペットボトル水を4本。それから──」
それから、腕の良い眼科医を探せ。それが条件だ、とシルヴァー+クロイツは結んだ。
「眼科医だと?」
怪訝そうにゴルトがこちらを見る。暫しの沈黙の後、思い至ったのだろう。彼女は軽く頷いた。
「ああ、貴様が引き取っている子供の事か。クソ、要求が多いな」
「眼科医は自分の為だ。俺は視力が弱い。だから戦場を離れた。子供は関係ない。あれはただの荷物だ」
冷たい眼のまま。視線も動かさずに答える。
無論、それが彼の本心ではない。
この場で真霧に手を出すな、などと叫んでみろ。
それこそ相手の思うツボだ。
要求が呑めないならこの仕事は断る。
他の人間を雇え。
突き放したようにそう告げると、女ボスは折れた。
彼以上の腕の持ち主はヨーロッパにはそうは居ないと双方共に分かっていたから。
「分かった。条件はすべて呑もう。その代わり、この銃を三十挺造ってくれ。頼むぞ、シルヴァー+クロイツ」
これで戦争の準備は全て整えたと呟き、翌朝女は屋敷から姿を消した。
シルヴァー+クロイツは囚われ人のように窓のない地下室で目覚める事になる。




