『シルヴァー・クロイツ』(1月9日)2
ようやくスピードを落としたところで、助手席の真霧が不意に声をあげる。
「シル、人がっ!」
目の悪い真霧ですら目視出来る距離に人影がゆらり。
突然、車の前に飛び出して来たのだ。
その影にシルヴァー+クロイツはおかしな気配を感じた。
「真霧、頭を下げろ」
咄嗟の判断で急ハンドルを切る。
車の前の人物は慌てたように腕を上げた。
その手にはハンドガン──続け様に八発。火を噴いた。
運転席は外したものの、この車を狙っているのは確かだ。
例え車体に当たったとしても9ミリあのくらいの弾丸なら防ぐ事が出来る。
落ち着いた様子でギアを入れ直したシルヴァー+クロイツの正面をとって、相手は今度はショットガンを手にした。
「あれは……」
大振りのショットガンだ。
銃器職人であるシルヴァー+クロイツにとっては一瞬視界に入っただけで、その武器が何であるか識別出来る。
クロスファイア・ショットガン。
肩当て(ショルダーストック)を付けず腰だめに構えたその体勢から、相手が相当の熟練者だと分かる。
シルヴァー+クロイツは舌打ちした。
そんなものを撃たれてみろ。
温まったガソリンに引火したら一瞬にして車が炎上する。
アクセルを踏み込んで逃げ切る事を考えたが、周囲を囲まれている可能性もある。
彼は隣りで目を見開いて震えている少女に視線を送った。
「真霧、そこの路地に車を着ける。直ぐにドアを開けて走れ。出来るだけ遠くにだ」
「シ、シルは?」
「大丈夫だ。俺の言う通りにしろ」
「でも、シル……」
シルも一緒に、と言いかけて少女は口を噤む。
今の彼にとって、自分がお荷物なのは分かったから。
「分かった。言うとおりにする。シルも気をつけて」
言葉通りの場所に車が停まった瞬間、弾くように扉を開けて少女は路地に走り出した。
その背を視界に捉えながら、時間を稼ぐようにVLB2000はそこから動こうとしない。
クロスファイア・ショットガンを構えた男は用心する素振りを見せつつこちらに近付いて来る。
銃口をくいくいと動かして車から降りろと合図した。
いくら大層な銃を装備しているからと言って、相手は若い男一人である。
仲間が周囲を固めている様子は、どうやらなさそうだ。
こちらも銃を出し抵抗する事は容易いが、真霧がまだ近くに居る以上それは控えるべきだ。
彼はそう判断した。
「悪いんスけど、こっちに乗ってもらえますかね。シルヴァー+クロイツ」
ショットガンの銃口をこちらの額に向けて、やけに軽い口調で男は言った。
こっちと言った先にはパトカーが一台停まっている。
銀髪の青年は無言で男に従った。
路地の向こうから鉄材を引きずってこちらに戻って来る真霧の姿が視野の端に捉えられたから。
「遠くに行けと言ったろうが……」
本人、助けに来たつもりなのだろうが、彼女が下手な事を仕出かす前に自分がこの場から立ち去るのが賢明だ。
パトカーの助手席から見えるサイドミラーには必死の形相で車を追って来る真霧の姿がしばらく映っていた。
「貴様、警官か」
実はそんな事にはまったく興味はないのだが、ただ少女から注意を逸らせる為だけに彼は運転席に座る男に問う。
「危険だし激務だし薄給だし上司はキツイし先輩は暴力的だし、警察なんて入るもんじゃねっスよ。でもまぁ、旨みも多いんでね」
軽い口調で男は言った。
旨みとは、つまり賄賂や横領の事だろう。
特にこの街ではこういう警官は多い。
男は調子に乗ったか、聞いてもいない警察の不備だらけの昇給システムの事までペラペラ喋り続けた。
ミラーの中の少女が派手にすっ転んで顔面からアスファルトに激突する光景を顔を顰めて見守ってからは、シルヴァー+クロイツは無言を貫く。
男の言葉も殆ど聴いてはいなかった。




