降夜(1月11日・2)3
──泣いているのか?
慰める言葉は見付からない。抱き締めたいと思ったが、それは躊躇われた。
彼女に惨めな思いはさせられない。同情を受けたなどと感じたら、誇り高いゴルトは深く傷付くだろう。
なぜ、こんな少女がここまで背負い込まなければならないんだ? まだたったの14歳だろう。降夜は唇を噛む。
周囲は火の海。駄目だ、こんな所で心が折れてはいけない。
「ミサ、僕がいる」
誰も居ないわけじゃない。
「そ、そうだな。しかし貴様が居たところで……」
俯いたまま彼女が呻く。
「真霧ちゃんもいるし、他にも……」
ここで麻倉の名を出すのも違うような気がして彼は口ごもる。
「と、とにかく僕がいる」
もどかしい。自分が口下手で不器用だという事を改めて突き付けられて、降夜は顔を顰めた。
俯いたままのゴルトの体がまた震える。
「ミサ……?」
「いや、すまない」
今度は笑っているようだ。
「貴様、いい年して言葉が拙いな」
ほっといてください。
今度は自分の頬が熱くなるのを感じて、彼はゴルトから身を引いた。
彼女は片手拳を握り締め降夜の胸をポンと叩く。
「ほら、頭を下げろ。煙を吸い込むと良くない」
言われた瞬間、降夜は咳き込んだ。火の回りが早い。
周囲から銃声は消えていた。急がなくてはならない。彼等はそのまま階段を駆け下りた。
一階へ降り立つなり、爆音と銃声が轟いた。
敵か味方かも分からない。全てゴルトを狙って放たれた銃弾だ。
ゴルト派である筈の連中も、おそらく今は彼女の命を狙っている。
それも無理はない。現状を見よ。ゴルトに未来があるとは考えられなかった。
役に立たない幼い女ボスという飾り物を壊してでもこの場で自分が生き残りたい。部下たちにとって、それは妥当な選択だ。
マフィアの血の絆など幻想にすぎない。ゴルトにもそれは痛い程分かっているだろう。
「それでも心中なんて御免だからな。貴様は必ずわたしが守ってやる」
ゴルトは引金を引いた。道を塞ぐゴルト派の仲間達を──もう銃を撃てないように利き腕を狙いながら、彼女の目は怒りに燃えていた。
今しも屋敷は崩れ落ちようとしていた。
「き、貴様は必ず守ってやるから。降夜……」
搾り出すようなその言葉に、降夜は危ういものを覚える。
「ミサ?」
彼女の息が上がっている事に気付いた。ゴルトの腕が静かに下がり、持っていたシルヴァー+クロイツが床に落ちる。咄嗟に抱きかかえたその瞬間、ゴルトの体は崩れ落ちた。
「ミサ……ミサ!」
力を失った彼女を抱き締め、降夜はその場に立ち竦む。目の前には炎と火花。
絶望に似た感情が押し寄せる。
──すべてがただ、赤かった。
※ ※ ※
「イテテ……」
身体を動かす度に全身に痛みが走る。引き攣れるような火傷の痛みだ。
それでも今朝からは何とか動けるようになっていた。日に日に傷は快方に向かっている。
まともな病院で治療を受けられたので、一ヶ月もすれば完治するだろう。
そのまともな病院の入院病棟の廊下を歩いている黒ずくめの男は、言うまでもなく降夜である。
片耳を包帯で覆い、顔には大きなシップ。服の下からは包帯の白が見える。
痛ましい姿だ。足を引きずりながらもヒョコヒョコ進む。
彼は一番奥の病室前で立ち止まった。
一瞬、躊躇った様子を見せ、それからドアを開ける。
最初に目に飛び込んできたのは小さな金色。
広めの病室にはベッドが一台──ぽつんと置いてあった。その周囲には様々な医療器具が並んでいる。何本もの管がベッドに横たわる人物の体に繋がれていた。
細く開けられた窓から飛び込んできた風に、黄金の髪が揺れている。
窓の外が空の青ならばまだ救われただろうか。しかしそこには大きな灰色のビルが、まるで視界を塞ぐように聳えていた。
病室の白、それから窓の外の灰色──それだけが今の彼女が見ることの出来る僅かな色彩。
「ミサ」
わざと明るく、彼は声をかけた。痛々しい──そんな思いを悟らせてはならない。
「……医者と看護士と掃除係以外で初めて人が来たと思ったら。何だ、貴様か」
ゴルトの眼球がこちらを向いた。こっちへ来いと言うように指先がぴくぴく動く。
「悪かったですね、僕で」
相変わらずの悪態に苦笑しつつも彼女の側に近付き、降夜はゴルトの白さに愕然とする。
全身から血が抜けてしまったかのように肌に色がない。
黄金の髪だけが激しい色彩を放つのが異様に映るくらいだ。
「貴様の具合はどうだ? あれから火の中をうろついたんだろう」
「ああ、僕はまぁ……」
全治一ヶ月の火傷だけど、一応大した事はない。
片耳は聞こえにくくなったけど、それもまぁ大丈夫。
そう言うと彼女は「そうか」と口元を引き攣らせた。笑っているようだ。
痛々しくて見ていられない。降夜はたまらず彼女から視線を逸らせた。
※ ※ ※




