降夜(1月11日・2)1
──降夜が居れば……。
一瞬そんな事を考え、ゴルトは慌てて首を振った。
気を強く持て。これは戦争だ。奴が居たところで役には立つまい。
それならば、ああ、せめてあの銃があれば……。
格好をつけてあれを真霧に渡した事を後悔する。手にしたイタリア製普及用銃はいかにも頼りなかった。
武装したゴルト派主要メンバー達の姿は既に周囲から消えていた。交戦中にはぐれたか、さもなきゃ死んだか……。
『黄金屋敷』は戦闘を想定した建物ではない。西欧セレブの豪邸のような派手な造りの屋敷である。
窓ガラスが随所に大きく開いており、侵入は容易い。
洋の東西を問わず根っからの派手好きだった先代の趣味なのだが、今度ばかりはその成金趣味を恨んでしまう。
現在、屋敷では壮絶な銃撃戦が展開していた。
ゴルトの頭上、そして隣りで豪奢な調度が壊れて欠片が飛び散る。キング派の襲撃であった。
迎え撃つゴルト派の構成員たちは小銃、ショットガン、それから手榴弾で交戦しているのだが、先手を打たれて侵入を許した以上こちらの不利は否めない。
戦線は次第に屋敷の奥へと後退していく。
「奥へと逃げるぞ」
前線に立ったゴルトは次第に仲間達から孤立し、屋敷の二階へと追い詰められていった。
今や側に付いているのは銃も撃ったことがないと言う若手構成員が二人のみ。
彼等は与えられた武器を握り締めるものの、落ち着きなく周囲を見回すだけだった。ならば自分が守ってやらなければ仕方がないだろう。
反撃しつつも機会を伺い、そしてここから逃げ出す事だ。
負けを認めるようで悔しいが、今の状況ではそれが最適の選択なのは分かっていた。
広い屋敷のどこへ向かうか、躊躇して足を止めた時だ。
「ヒュン」と何かが飛来する音に彼女は身を縮める。頬に熱が走った。一瞬遅れて、指すような痛み。
外からロケット砲が撃ち込まれたのだ。それはゴルトの足元の床を大きく穿って、派手に音立てて爆発した。
さきほどの熱は破片が彼女の顔面を掠めたものだ。それをきっかけに屋敷中に火が回り始める。
「クソッ……! クッ」
呻いたゴルトの声は震えていた。その一瞬、思考が停止する。
──これがマフィアの戦争なのか?
話には聞いていた。だが、体感するのは初めてだ。足が竦む。
気が強いだけではマフィアのボスなんて張れない──降夜の言葉がこんな時に蘇ってくる。
やはりわたしが甘かったのだ。
今夜にでもこちらから先制攻撃を仕掛けるつもりがキング派に先を越され、そしてこのザマだ。時期を読み違えていたと認めざるを得ない。
街の無名のボディーガードの元で暫く姿を隠して敵を撹乱させると告げた時、部下達はこう言ったものだ。
お嬢様は何も考えなくて良いのです、我々が万事うまく対処しますので、と。
どうせわたしはお飾りだ。今になってそう思い知らされる。
「しょせん部下達は偉大な父への忠誠心だけでわたしに付いていたのだな……」
その証拠に危機的状況に陥った今、自分の周りから人はどんどん減っていくではないか。
「ミ、ミサお嬢様?」
部下の声に我に返る。自分がぼんやりしてどうする。
とにかく動かなければ。敵を一人でも少なくして、そして生き残っている部下たちと合流する。
彼女が駆け出した、その時だ。
砲撃の音が一瞬止んだ。次いで『ピー』という音響の跳ね返り音が耳を刺す。
『屋敷は封鎖した。五分以内に女ボスを殺したものには三十万ユーロ(約五千万円弱)支払う。十分以内なら二十万ユーロ(約三千万円)だ』
外からの大音響。それは屋敷中に響き渡った。ゴルト派の結束の弱さを熟知しての揺さぶりだ。
「汚い手を……!」
激昂したゴルトだが、次の瞬間息を飲む。
二人の部下の銃口が彼女を指したのだ。
「わ、わたしを売るか?」
ならば仕方ない、と彼女は銃を床に落とした。
部下に殺されて引き渡されるならば、それは仕方がない。自分の器量がその程度であったというだけだ。
ゴルトは観念した。どんな状況であれ、この命が部下たちの役に立つのであれば……。
閉じかけた目が開いたのは、視野の端──炎の向こうに派手な色彩を認めたからだ。
黄緑の髪を振り乱した女が突然走り寄って来たのだ。
咄嗟の事で反応の遅れた3人目掛けて右手を突き出す。
その手に握られていたのは銃ではない。スプレー缶だ。
シュッ──。一噴きを喰らって3人は咳き込む。
「な、何……?」
女は屋敷に出入りしている街の武器密売人だ。
ゴルトも顔は知っている。激した表情で更に一噴きしかけたところで、彼女はその場に崩れ落ちる。
銃声が一発。
銀の銃を手に、炎の中に立っていたのは黒ずくめの男だった。
「降夜……!」
ゴルトの表情に、微かな安堵が浮かんだ。
※ ※ ※




