ガーネット(1月11日・1)4
意識が遠くをさ迷っているせいか、すぐ側から聞こえる爆発音が静かなバックミュージックのように虚ろに聞こえる。
ゴルトが帰って直ぐ──今朝方から抗争が本格的に始まったのだ。
「この爆音のたびに誰かが傷ついたり死んじゃったりしてるんだ……」
視野の端で真霧が可憐な顔を歪めている。
「降夜さん、何とかしなくちゃ。ゴルトさんを守ってあげなきゃ」
──おいおい。
彼は苦笑する。正義の味方でもやってるつもりかよ。
「茶化さないでください。シルが心配なの。ゴルトさんも。それに、こうやっている間にも街のあちこちで人が傷付いていくなんて……」
ゴルトさんはマフィアの中でも責任のある立場だから大変だと思う。でも、だからこそゴルトさんを説得できれば抗争は一瞬で終わる筈──なんてことをブツブツ言っている。
「『黄金屋敷』に行きましょう、降夜さん」
「おいおい、そう来たか」
『黄金屋敷』──ゴルト派の本拠地、当然ながらそこは街一番の激戦区となっている筈だ。
「な、何言い出すんだよ、真霧ちゃん。そんな所行ったってあの女には会えねぇよ。僕らなんてドア入る前に撃ち殺されちまう」
しかし、降夜の言葉など耳に入らないように真霧は道路の向こうを睨み据えた。
灰色のビルの狭間にチラリ。黄金の派手な外観が垣間見える。
「降夜さんが嫌なら……じゃあ、真霧が1人で行きます」
「おい、何言って……」
ゴルトさんを助けてあげてという言葉は、真霧真っすぐな思いとして降夜の胸に刺さった。
「何で僕が……? 勝手に来て家ん中メチャメチャにして、それで勝手に出てった女だろ。真霧ちゃんもお節介焼いてねぇでもう帰れ。シルヴァー+クロイツなら抗争が終わったらちゃんと帰してくれるって言ってたんだろ」
「……ゴルトさんのお金がなかったら、今頃裁判中かも。もう刑務所の中かも」
降夜の言い草に、少々ムッとしたらしい真霧が小さな声で呟く。
小姑かよ……。
彼女の嫌味攻撃に降夜の頬はひくついた。
確かに金は貰ったが、家の修理費を差し引くと決して得はしていない。
大体昨日初めて会ったような女に対して、そこまでの義理はない筈だ。依頼だって断っているわけだし。
「ん?」
そこで降夜は違和感を覚える。ゴルトもそうだが、よく考えたら真霧とだって昨日が初対面じゃないか。何で当たり前みたいに後を付いて来るんだよ、この子。慣れてきたのか、減らず口まで叩くようになってしまって。
それなのに小さな真霧は守ってやらなきゃいけないと思うし、出て行ったゴルトの事は気になって仕方がない。
自分だって相当のお節介焼きかもしれないと、降夜は初めて自覚した。
その時だ。突然、真霧がその場に座り込む。
「ど、どうした? どっか……」
何せ街のどこかしこで銃声が聞こえるという物騒な場所だ。いつ流れ弾が飛んできてもおかしくない。
本気で心配した降夜だったが、少女はケロリとした顔を上げた。
「降夜さん?」
怪我をして蹲っていたという訳ではないようだ。
肩に掛けていた小さな鞄から何かを取り出している。きょろきょろと周囲に視線を送り、挙動不審な事この上ない。
少女の手招きに応じて、降夜は彼女の鞄の中を覗き込んだ。
2人の影の下で、それは銀色に輝いている。
「シルヴァー+クロイツかよ……何で真霧ちゃんが?」
ゴルトが持っていた銃である。
「ゴルトさんが置いてったの。真霧に返してくれるって」
真霧の大きな眸がじっと彼に注がれる。な、何だよ、一体……。降夜は顔を顰めた。
──コイツは呪いの銃だって言ってたな。
どうせ口から出た出任せなのだろうが、彼の前で今正まさにそれは呪いを放ち始めた。
「……気になってしょうがねぇよ」
彼女はこの銃をいたく気に入っていた様子だった。
それは著しく性能は良いものの、所詮ただの銃だ。マフィアのボスにとっては何という事もない代物。容易く手に入る商品に過ぎない。
しかし、と思う。もしかしたらこの銃が彼女を守る大切な武器になりはしないか?
「やっぱりコレ、ゴルトさんに返してあげないと……」
「はぁ……」
ついてねぇ……。降夜は大きく息をつく。
「返しに行ってやるよ」
少女の鞄から銀色を取り出す。
「ある意味、コイツは本当に呪いの銃だな……」
だからマフィアとなんか関わりたくなかったんだ。
「真霧ちゃんは自分の家に帰ってろ。さもなきゃ警察に行って……うん、そっちの方が安全だな」
しかし少女は憮然としたように彼を見上げた。
「真霧も一緒に行きます」
「ダメだ。早く警察に行けって」
でも、という少女の叫びを背に受けつつも銃を片手に降夜は走り出した。
ゴット・シュヴェルツェンのどこに居ても『黄金屋敷』の場所はすぐ分かる。




